Jou光

  • 親父
    彼は子供の時から絵が上手いと、親の欲目で思っている。目の前でさらさら描かれると、ついつい感嘆してしまう。世の中いっぱい絵の上手い人はいるが、この道で飯が食えるのはスポーツ選手と同じで極一部。でもとにかく趣味でも良いから絵を描くことは続けて欲しいと願っている。

春爛漫

  • ぼけの花
    柿茶の里は徳島県美馬郡つるぎ町に位置する。柿の葉の生産農家へ毎年春と秋に行く。春はことさら美しい。桜が咲き乱れ山の木々が新緑に包まれる。澄んだ青空に身も心も洗われる気がする。

アユタヤ遺跡

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    1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められています。 寺院ではありますが僧は居住せず、王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていました。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、壊されてしまいました。

暁の寺院 タイ

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    トンブリ王朝時代の守護寺で最高位の寺院とか。きらきらと輝く陶器の破片に覆われた高さ約79mの大仏塔は、ラマ3世により5年がかりで改装された。朝日を浴びた大仏塔の神々しい姿が”暁の寺”の名前の由来。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

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    セイロンへの留学から戻ってきた僧侶のために、1357年初代王ウー・トーンが建立しました。仏教寺院は瞑想の場として使用されていました。現在も多くの仏教徒が訪れ、週末は観光客でにぎわいます。

水上マーケット

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    ダムナン・サダックの水上マーケット。その昔、”東洋のベニス”と言われたバンコクでは、日常的商取引には運河が利用されてきた。水上マーケットは、古き良き時代の情緒溢れるバンコクの生活を体感させてくれる。 

2008年7月 タイ王宮

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    白壁に囲まれた20万㎡の敷地内には、1782年に建設された国王の宮殿、即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド仏寺院などチャクリー王朝歴代の王により建造・改築された建物が建ち並んでおり、ラマ8世までは実際にここに住まわてていたとか。

涅槃寺

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    タイ語で Wat Pho(ワット・ポー)と呼ぶこの寺は、ラマ1世が建立したバンコク最大の境内を持ち、バンコク最古の歴史を持つ寺院。本堂には写真のようなリクライニング・ブッダの愛称で親しまれている寝釈迦仏が横たわる。足の裏には螺細細工でバラモン教における108の宇宙観が表現されていると言う。

最近のトラックバック

サンタさんのお話

中村 文子氏作 「サンタの話」

実にほのぼの。

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健康へのトビラ Vol.13

NPO法人健康を考えるつどいが年4回発行する機関誌。2017年12月1日発行、Vol.13。

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Vol132
Vol133

健康への道しるべ 講演会

2017年11月24日、静岡県男女共同参画センター「あざれや」にて講演会があり、参加して来た。

演題は『がんの原因と予防法』、講師は東京中野区の渡辺病院・医院長  渡辺 完爾先生。

主催は、健康生活研究会(代表・増田 桂子 氏)。

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↓ 14時開始、まず増田代表の挨拶

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↓ 講演会風景

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内容を抜粋すると、

■ がんとは?
1、細胞の病気。
2、がんは細胞増殖の異状を伴う。
3、がん細胞は無秩序な分裂増殖と不死化を特徴とする。
4、すべてのがん細胞はそのDNAに異状が起きていて、細胞分裂を制御している
遺伝子やDNAの修復に関与している遺伝子が、変異を起こして正常に機能
しなくなることにある。

■ がんの予防
1、食べ過ぎない事、腹七分。
2、ビタミンCの補給
3、血液循環改善 → 金魚・毛管・合掌合セキ・背腹(西式健康法)
4、酸素を十分取り入れる事 → 裸体操・温冷浴
5、便秘の解消・宿便の排除 → スイマグ

↓ 会場内では絵手紙展やチャリティーバザーも行われた。

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↓ ”かつらこ”の似顔絵コーナー

「かつらこ」が増田さんのペンネームとは知らな人が多い。

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講演会は盛況のうちに閉幕した。

先生はじめ関係各位に感謝・感謝です。

健康への道しるべ 第130号 

健康への道しるべ 第130号 心と体の健康生活:平成29年11月10日発行

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昭和2年に西勝造先生が公表された『西式健康法 』 が、90周年を迎えた。

その遺訓 (その3)が紹介されている。

■ 発行:健康への道しるべ友の会 編集 増田 桂子

■ 〒420-0962 静岡市葵区東1-14-31、Tel:054-245-8141、Fax:054-245-6142

三島物語 その2 (岩黒島)

櫃石島を後にし、向かったのは岩黒島。

櫃石島と与島の間にある島で、行くのは初めて。

↓  岩黒島へ降りるループ橋からの風景

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↓ 島から見るループ橋

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↓ 初田神社へ

岩黒島の産土神社で、祭神は「植安神」だが、昔、無人島だった島の開発を勧めた初田助十郎(大阪町奉行所与力)のご恩を感謝し祀っている。

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狛犬は、向かって右が咆哮するかのように口を大きく開けた「阿形」像、

左が口を閉す「吽形」像、両方で「阿吽」を表現する。

阿は五十音の始まりの「あ」、吽は終わりの「ん」で、宇宙の始まりと終わりを表すといわれる。

総称して狛犬と言われるが、正しくは右側が「獅子」、左が「狛犬」である。

しかし、しかしである、この島の神社の狛犬は世間とは左右反対、左が「阿形」で、右が「吽形」。

↓ 左の「阿形」像

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↓ 右の「吽形」像

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左右反対というだけで、どうしてなのかは分からなかった。

↓ 岩黒島開発当初の井戸

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曰く、

古文書によれば、寛政九年(1797年)、当時無人の島に、塩飽佐柳島(現在の多度津町佐柳)より七名が移住して開発にあたったとある。

この七名は七軒株と呼ばれ岩黒島開発の祖である。彼らがまず最初に行ったことは生活用水の確保で、この井戸が最初に掘削された。

2百年余りの昔、新天地開発の夢を抱いて営々と開墾に従事し、今の岩黒島の基盤を作り上げた先人の労苦とともに、その過酷な労働の日々を支えた命の水として、この井戸の存在を後世に伝える。

↓ 観音堂

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島の開発当初に出土した十一面観音座像を祀る。

この仏像は懸け仏で、県下でも珍しく、坂出市の文化財に指定されている。

因みに懸け仏とは、

銅などの円板に仏像・神像の半肉彫の鋳像などを付けたもの。

柱や壁にかけて礼拝したもので、平安後期に本地垂迹ほんじすいじやくの思想から生まれ、鎌倉・室町時代に盛行した。

↓ 岩黒小中学校跡から望むバブル遺産「ホテルアクア小与島」。

小与島の北端にあり、昭和63年(1988年)瀬戸大橋が開通するのに合わせて建設されたが、オープン後まもなく運営会社の破綻により閉鎖された、。

今はバブル期を思い出す幽霊遺産か。

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アクア小与島 小与島地図yyyyyyyyyyyyyyyyy
↓ 愛宕神社yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
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御祭神は伊邪那美尊と火産霊尊で、京都の愛宕神社から勧請された。
火伏せの神として島の安全を守ってくれていると言う。
↓ 岩黒島の名前の由来となった、真っ黒い石が海岸にゴロゴロ。
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↓ その海岸から望む瀬戸大橋
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↓ 大天狗神社
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↓ ここの狛犬も初田神社と同じ配置、左が「阿形」像
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↓ 右が「吽形」像
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↓ 岩黒島漁港にある恵比寿神社
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恵比寿さまは釣竿と鯛を抱えてにっこり笑っているお馴染みの神様。島民は漁に出る時、この神社に大漁を祈って沖に出る習わしとか。
この神社の屋根にも阿吽像
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↓ 岩黒島漁港yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
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↓ 瀬戸大橋工事前の写真
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櫃石島へは二度目、岩黒島は初めてだったが、一人旅とガイド旅では当然ながら情報量が全く違い大満足だった。
台風接近の雨がなければもっと良かったのに~、と思うのは贅沢かも知れない。
坂出市観光協会のみなさま、ありがとうございました。

三島物語

坂出市観光協会が主催する”まちあるき(とことこ坂出)”と言うイベントの中に『三島物語「岩黒島・櫃石島編」』と題したぶらり旅がある。

三島とは岩黒島,櫃石島,歩渡島の事。坂出市の広報で応募していた。

応募は今回で二度目だが、前回は選に漏れた。

漏れた後、どうしても行きたくて7月に一人で行った。

今回はもう一度行ってもいいかなぁ~と軽い気持ちで応募したら、皮肉なもので今度は当選した。

あいにく当日は台風22号が接近中の雨天。

JR坂出駅前から、市のマイクロバスで出発した。

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瀬戸大橋に乗り、最初は岩黒島へ。自治会長のお迎えを受け、早速島内めぐり。

櫃石島は、面積約 0.85㎢,周囲 5.4Km,人口172人(80世帯)、瀬戸大橋が架かる一番北の島。

↓ まず、平家の姫を祀った三社神社

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↓ 次に、ミニ石仏霊場

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櫃石島に限らず、どの島にも、たいていミニ霊場がある。

海に囲まれ容易に本土巡礼に行けないので、せめて島内で拝む場所が欲しいとの切なる思いからミニ霊場ができたのだろうか?

↓ 次は、宝珠寺内にある市内最古の蘇鉄。

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↓ こんな通路があるのは櫃石島ならではの光景

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↓ 花見山へと向かう、晴れていれば絶景スポットの西浦海岸が見渡せる。

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↓ 花見山にはこんな巨岩がゴロゴロしている

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↓ 王子神社内のキイキ石

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↓ 同じく王子神社にある落ちそうで落ない石燈籠

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↓ 櫃石の札」場

  札場とは、塩飽勤番所からの「定め」や「布告」などを掲示する場所。

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塩飽諸島は古代より船舶の寄港地、あるいは水軍の根拠地として、各時代を通して常に重要な役割を果たしてきた。

殊に織田信長や豊臣秀吉などはその水軍の中核として、塩飽の地の島民を重用し、特別な権益を与えて島民を保護した。

徳川家康もまた島民を重要視して幕府直轄の天領とし、船方650人に人名権を与え、その自治によって島中を治めるた。

塩飽勤番所は本島に置かれ、人名から選ばれた年寄によって島中の諸事が行われていたが、ここで決まった事を塩飽各島に伝えるため掲示する場所が、この札所という訳。

櫃石島では島人が最も寄り集まりやすい共同井戸の傍らに建てられた。

お昼となり、島の人達の手作り弁当を頂いた。

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↓ 昼食風景

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昼食が終わり、櫃石島と小さな橋でつながっている歩渡島(ぶとじま)へ行く予定だったが、
雨も降るので、バスの中から島を見ただけ。

私は今年7月にひとりで行った時、島に上陸したから良しとした。

↓ その時の写真

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犬が出る

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ドングリトンネル

神戸市垂水区に住む知人からこんな手紙が来た。

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要約すると、

知人の家は小・中学校の通学路になっていて、その時間帯には子供達が通る。

そこでペットボトルで、道からトンネルを作り、庭に設置したバケツに入るようにした。

すると、小学生の低学年が面白がって、ドングリを入れるかなぁ~と想定していたのに、高学年や中学生までもが入れて行くと言う。

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入口の容器に入れたドングリがなくなると、バケツに溜まったドングリをまた容器に戻す。

おしゃべりしていく子供達やドングリを持ってきてくれる子供達もいて、結構、通学路に面した地形を利用し、人生を楽しんでいる。

実に、微笑ましく 羨ましい。

ひとつ提案、

ドングリを自動でトンネル入り口の容器に戻す工夫をしたら、もっと面白いかなぁ~ と。

パパイヤ

パパイヤは沖縄では人家に自生していて、島内のどこにでも見られる果物 and/or 野菜。

熱帯アメリカの原産とされ、パパイア科パパイア属の常緑樹で、その果実は、「乳瓜(ちちうり)」または「木瓜(もっか)」とも呼ばれる。

どうりでその実の生りようは、酷い言い方だが、婆さんの垂れ乳みたい、と言う人もいた。

青いうちは野菜として、熟れると果物として食されるらしいが、本土の八百屋やスーパーでは売ってないから、食べた事はない。

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▶ パパイン

でも調べてみると、青パパイヤには「パパイン」という、たんぱく質を分解する酵素が豊富に含まれているらしい。

お肉などのたんぱく質の分解を助けるだけでなく、脂質や糖質の分解にも働きかけるため、ダイエットにも効果がある。

またこれらの酵素は、老化の原因といわれる活性酸素を除去する働きもある。

ただ、実が熟すにつれてこのパパインの量は減ってしまう。

固い肉を、青パパイヤと一緒に煮ると、柔らかい肉になる。

▶ ポリフェノール

ポリフェノールは、老化防止の効果があることで知られている。

ポリフェノールといえば赤ワインがまず頭に浮かぶが、青パパイヤは、なんとワインの7.5倍の量が含まれている。

また、肩こりや冷え性の改善にも繋がり、女性にとっては特にうれしい効果がたくさんある。

▶ ビタミンC

青パパイヤにはたくさんのビタミンが含まれているが、中でもビタミンCが豊富。
レモンにも負けないほど多く含まれており、青パパイヤに含まれるビタミンCはほかの植物に含まれるビタミンCよりも熱に強いのが特長。
ビタミンCは美肌のためのコラーゲン合成や、抗酸化作用、免疫力アップなど美容にも健康にも必要な成分で、体内では生成されないので積極的に取り入れるのが望ましいとか。
■ 効能をまとめると、
1、美肌効果 By パパイン
2、ダイエット効果
3、生活習慣病予防
4、健康維持
5、癌予防
以上、パパイヤについて調べたが、思いのほかすごい効能がある事が分かりビックリポン。

遍路道世界遺産登録推進シンポジウム

10月29日(日)高松シンボルタワー6階のかがわ国際会議場で行われた「四国八十八箇所霊場と遍路道世界遺産登録推進」シンポジウムに参加してきた。

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台風22号接近する中、開催されるのかなぁ~と思いながら会場に向かう。

雨が降ってなければJRで行くところ、あいにくの雨、車に頼らざるを得ない。

JR運賃と駐車料金を比べるとガソリン代分高くつくだけ・・・と、アトで分かっjた。

会場へ着くと、雨の中、まぁまぁの人が集まっていた。

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登録推進協議会会長や浜田香川県知事らの挨拶があり、全ユネスコ事務局長・松浦 晃一郎氏による基調講演、題して「世界遺産をめぐる最近の動き」があった。

休憩を挟んで、西村 幸夫氏がコーディネーターをつとめ、3人のパネリストが『四国遍路の顕著で普遍的な価値とは』のテーマで意見を述べ合うパネルディスカッション 。

今回の参加で、四国遍路世界遺産登録への動きがざっと分かり、大変勉強になった。

私には世界遺産というと、価値ある・見ごたえのある建造物とか遺跡が頭に浮かび、四国遍路が登録の対象か?と、思ってしまう。

総距離 1,400Km、1,200年も続く四国遍路は、お寺や遍路道など不動産は確かにあるが、遍路の目的や意味、達成感など目に見えぬ感動に代表される心の問題で、遺産じゃないと思ってしまう。

でも、それも含めて文化遺産なのかも知れない。

鳴門教育大学の大石氏が言う、

1、感動を与える

2、同行二人

3、死を背負って歩く生と死の道

4、八十八箇所の分散美

5、歴史+ハード

と言った、ごちゃ混ぜ遺産をアピールしかないのかも。

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シンポジウムが終わり、帰りの途に着く頃には台風一過の夕焼けが行く手を阻んだ。

釜山へ (市内風景)

釜山街中風景の写真を羅列

↓ 宿泊した東横イン、韓国にもあるとは知らなかった。

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↓ 魚市場、魚の種類もさる事ながら店の数も半端じゃない。

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売れ残った魚はどうするのだろう? と思っていたら、ほとんどは蒲鉾に加工するそうな。

釜山で食べたおでんの蒲鉾は美味しかった。

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↓ 道に埋め込まれた手形、ビートたけし氏の手形もあった。

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↓ 今と、

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↓ 昔

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釜山へ(龍頭山公園)

観光の最後に連れて行ってくれたのは、釜山の中心部にある龍頭山(ヨンドゥサン)公園
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この公園は釜山市民の憩いの場であると同時に、観光客が一度は訪れる釜山のシンボル・「釜山タワー」がある所。
↓ タワー入口
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↓ 高さ120mのタワー、展望台から見える360度のパノラマは迫力満点。

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↓ 展望室から眺めた風景
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↓ 影島大橋、片方だけが開閉する跳ね橋。

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釜山の南浦(ナンポ)と影島を結ぶ”影島大橋(ヨンドデギョ)”が開通したのは、日本の植民地時代の
1934年。
朝鮮半島で初めて、しかもたったひとつの跳開橋と言う事で、その名を知られ、船の往来時間にあわせて開閉する橋を見ようと観光客が詰めかけたが、経済発展に伴い交通量が増加し交通渋滞の原因になって来た。
そこで1966年9月に開閉は中止、2000年になると橋の老朽化が目立つようになり、新しい橋を建造する計画が持ち上がった。

これに反対したのが影島の住民たちで、その願いが叶い、2007年7月から影島大橋の復元工事が開始、2013年11月、橋は再び跳開橋として再開された。1966年の開閉中止から、実に47年ぶりに橋が上がった。

現在は毎日午後2時の一度だけ観光用に跳ね橋が上がる。
たまたまその時刻に展望室にいたから、バッチリ写真が撮れた。
↓ 公園内にある市民の鐘
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説明看板によると、
この鐘には釜山市民の思いと真心が込められており、釜山市の発展と繁栄を願い、市民の団結を図って誇りを高めるべく、市民約10万人の寄付で、1996年12月31日の大晦日に設置された。
毎年3月1日の独立運動記念日と大晦日に、この鐘の音が釜山の街中に響きわたるります。
↓ 市民の鐘が納まる『鐘閣』
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井上 杏那 氏 作品その8

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井上 杏那 氏 作品その7

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井上 杏那 氏 作品その6

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自律神経の乱れが体の不調を招く BY 2017-11-15 豊岡倫郎 氏

1、体の不調は自律神経の乱れかも

体全体に張り巡らされている神経組織にはいろいろ種類があるが、その中でも自律神経が正常に機能していないと、体は不調を来すし、病気の原因にもなる。その複雑な仕組みを理解して、健康管理に生かしてゆきましょう。

2、神経の種類

神経には大きく分けると、二つの種類がある。一つは中枢神経、もう一つは抹消神経に分けられる。末梢神経はさらに体性神経と自律神経に分けられる。体性神経には神経は身体の各部を自分の意志で動かすための神経で、例えば見たり、聞いたり、話をしたり、手足を動かしたり、物を食べたりするとき働く神経で、知覚神経と運動神経とがある。

一方自律神経は自分の意志とは関係なく働く神経で、例えば心臓が動く、唾液が出る、汗が出る、胃腸や肝臓、腎臓などが働いているなど、生命の恒常性を維持する働きをしている神経である。

3、自律神経とは

自律神経と呼ばれているものには、二種類あり、ひとつは交感神経、もうひとつは副交感神経である。この二つは互いに拮抗しあうような形で働いている。このふたつの神経をコントロールしているのが大脳にある「視床下部」という場所である。さらに視床下部はその上部にある「大脳辺縁系」と「大脳皮質」とも連携しながら、機能している。

交感神経は朝起きてから日中にかけて、体が活動するときに優位に働き、副交感神経は夕方になって、くつろいだり、夜眠っているときに優位に働く神経である。

よく自律神経のバランスが崩れているとか、乱れているという表現が使われているが、その意味は、日中働くべき交感神経が、異常に興奮したり、逆に弱すぎる場合や主に夜中に働く副交感神経が過度に興奮したり、逆に弱すぎたりしている場合、更に交感神経と副交感神経の働きのレベルのバランスが崩れていることをいう。

理想的な交感神経と副交感神経の働きのバランスとは、いま便秘外来診療で有名な小林弘幸博士によると、1対1もしくは1対1.5を保ちながら、適度なレベルで働いているのが理想という。

4、こんな症状で悩んでいませんか

疲れる、だるい、めまい、不眠、頭痛、冷え、動悸、息切れ、顔のほてり、肩こり、食欲不振、便秘、下痢、発汗、ふるえ、吐き気、いらいら、血圧上下、不安感などありませんか。

これ等の症状を病院へ行き訴えて、いろいろ検査を受けても、特別変わったところはありませんと、医者に言われるケースがよくある。そして自律神経失調症かもしれませんねぇと。

自律神経の器官支配様式図というものがあって、それを見ると首の頸椎の一番から腰椎の五番更に仙骨に至るまでのそれぞれの椎骨と椎骨の間から出ている交感神経及び副交感神経がそれぞれ分担して、各臓器や器官と繋がっていて、脳との間で情報のやりとりが行われていて、体の働きをコントロールしている。

5、自律神経を狂わす要因は何か

■自律神経とストレス・・・精神的ストレス、構造的ストレス、化学的ストレス、
    温度、湿度、ストレスがある。精神的ストレスといえば、仕事や人間関係、
  困りごと、悩みなどである。化学的ストレスとは、食物やカフェイン、飲み物
  に関するものである。

  構造的ストレスとは骨格や筋肉などの歪み,偏りなど。温度・湿度ストレス
  とは暑さ、寒さ、風,音などである。ストレスが及ぼす負のスパイラルには
  次のふたつがある。

★ストレス→交感神経昂進→白血球の一種である顆粒球が増加、
        リンパ球減少→活性酸素増加、→免疫力低下。

★ストレス→交感神経昂進→血管収縮→血流低下→酸素不足や新陳代謝
        低下→器官、組織の機能低下。

★また副交感神経が昂進するとリンパ球が増えて、免疫力が高まる。
  しかしリンパ球が増え過ぎるのも、免疫の抗原が敏感になりすぎて、
  アレルギー疾患を起こしやすく なる。

前述したように交感神経と副交感神経が適度に高くて、拮抗している状態が良いのである。

■自律神経と便秘・・・交感神経が過剰だと腸が動かなるタイプの便秘になる。
  逆に副交感神経が過剰だと腸が収縮するタイプの便秘になる。便秘に
  なれば、腸内環境は悪くて、消化吸収機能も低下し、質の悪い血液しか
  作れないから、ドロドロ血液が体内に流れて行き、新陳代謝が低下する。
  血流も当然悪いし、血管自体も傷んでしまい、疾病の温床と化する。

■自律神経と睡眠不足・・・睡眠不足だと副交感神経のレベルを低下させて、
  自律神経のバランスが崩れて、血流も悪くなり、全身機能が低下する。
  即ち夜寝ているときに、副交感神経が働いて、消化吸収活動が行われる
  のであるから、それを阻害してはいけない。

■自律神経と薬・・・殆どの薬は交感神経を昂進させるから、なるべく薬は
  服用せずに、自分で治せる病気は、自分の力で養生するに越したことは
  無い。

■自律神経と健康体操・・・加齢と共に副交感神経のレベルがどんどん
  低下してゆく。健康体操にもいろいろあるが、その内容には骨格の矯正、
  深い呼吸、適度の筋肉の強化、経絡の刺激、血流の潤滑化が含まれて
  いて、いつでも、どこでも、容易に、短時間で実行できるものがよい。
  これらの条件をすべて満たしているのが自彊術体操である。特に骨格の
  歪みの矯正と深い呼吸は自律神経の調整には欠かせない。何故なら
  体は酸素不足を感じると、脳への酸素供給を優先する為に、交感神経が
  優位にして、末梢の血管を収縮させる。だから深い呼吸をすると、酸素量
  が増えるので、副交感神経が優位になって、血管を拡張させる。いつも
  うつむき加減の姿勢では浅い呼吸しかできないから良くない。また骨格の
  歪みは各椎骨の間から派生している神経の働きを狂わせてしまう。
  股関節や仙骨のズレも大いに関係しているから、留意が必要。

■自律神経と体液の酸性とアルカリ性・・・酸性体質は交感神経を昂進させる、
  アルカリ性体質は副交感神経を昂進させる。だから玄米、菜食をしている
  人は体液がアルカリ性に傾くから、自律神経失調症にはならないと言われ
  ている。

■自律神経と食べ物・・・どんな健康法でも、食物を抜きにしては考えられない。
  食べ物で体質を酸性化するものは自律神経のバランスを崩すことは前述
  したが、カフェインの含まれるコーヒーや緑茶などは交感神経を極度に
  刺激するから、避けた方が良い。また大食や間食は胃腸に負担を強いて、
  休息する暇を与えない。アルコールや甘い飲み物、お菓子、冷たいもの、
  肉食、食物繊維不足は腸内環境を悪くしてしまい、それに便秘が加われば、
  もう自律神経を混乱させる要因が複雑に絡み合って、どんな病気が発症
  してもおかしくない。負のスパイラルの典型である。

■自律神経と性格・・・自律神経失調症になるような人の性格はこうである。
  即ち我が強く、自分中心で、人の言うことを聞き入れない、つまらないこと
  を気にする、余計なことを気にする、心にヨロイを被ってしまうような人が
  罹るという。

■自律神経とホルモン・・・緊張したり、興奮するとアドレナリンが過剰に分泌
  されて、体は本能的に防御態勢に転じる。そんな事が日常的に発生する
  と、あらゆる器官に悪影響を及ぼす。逆に気持ちがリラックス状態の時や
  嬉しいことや楽しい時はエンドルフィンという脳内ホルモンが出て、毛細
  血管を広げ、血流が良くなる。

6、自律神経のバランスを保つには

上述した第5項の説明事項に留意すること以外に、更に付け加えるならば、●日頃から平常心を保ち、心に余裕を持った生活習慣を心がける。●笑いを忘れず、快活に振る舞う。笑うと副交感神経が昂進して、免疫力が高まる。怒れば血液がドロドロ化する。●腹式呼吸が副交感神経を高める。●手指の爪の生え際の両端を揉む。●腸を冷やさない。●指圧療法で該当のツボを押す。天柱、湧泉、労宮、内関、百会、手三里などを押す。●好きな音楽を聴くなり、友人と旅行するなり、趣味を持ち、前向きに生きる。

7、まとめ

  1. 自律神経の安定のポイントは、ストレスを溜めない、健康体操で骨格の矯正と深い呼吸、悪食で腸内環境を乱したり、宿便を溜めないこと、この三つが重点項目である。
  2. もうひとつ強調したいことは、安易に薬を服用しないことである。自分の不摂生を改めようともせず、薬で解決しようとする心構えはいただけない。すべての生活習慣病の病根はその間違った生活態度にあることを再考してほしいものである。
  3. 現代社会では精神的ストレスに満ちていて、避けることは難しいから、ストレスに強い人間になるには、日頃から見聞を広め、いろいろな経験を多く積んだ方が良いと思う。
  4. こんな人とは、一緒にランチもしたくない、温泉にも行きたくないというときは、こちらの気分も悪くなってしまい、副交感神経が低下するから、避けるに越したことは無い。逆に一緒にいると、楽しい気分にしてくれる人とは大いに付き合うがよい。
  5. 酒、コーヒー、甘いもの、肉は自律神経を乱すものばかりだが、これらにどっぷり浸っているのが現代人の日常生活である。これら間違った生活習慣を改めない限り、健康生活は望めない気がする。
  6.  お酒の飲み過ぎは最悪の生活習慣の一つである。交感神経を昂進させ、副交感神経を低下させる結果、血管の収縮し、アルコールの分解時に水分が不足し、血流を悪くし、血管の内皮を傷つけダメージを与える。また顆粒球が増加して、それが死滅するときに活性酸素を大量に発生させる。その結果血管は硬化し、血液はドロドロ化になり、脂肪分は過酸化脂質に変化して、動脈硬化を招き、血管が詰まりやすくなってしまうから怖い。
  7. 加齢と共に自律神経の副交感神経の働きは徐々に低下してゆく。しかし交感神経の働きの低下は少ない。女性はなぜ男性より長生きするのか、その理由のひとつは、加齢による副交感神経の低下が男性より10年遅いからだということが解かった。如何にして副交感神経の働きを維持し、交感神経を昂進させることを避けるかが健康を左右する要点なのである。  

    おわり

井上 杏那 氏 作品その5

来年用年賀状

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井上 杏那 氏 作品その4

20171004

ユネスコ国際交流バスツアー(別子銅山)

1691年(元禄4年)に稼行開始、1973年に閉山するまで、実に283年間もの長きにわたり操業された別子銅山。

今は「マイントピア別子」の名で観光地になっている。

ここへ来るのは2回目。

トロッコ列車で端出場(ハデバ)坑道まで行く。

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↓ 端出発坑道の入口

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この銅山は、一説によると、元禄3年(1690年)阿波の渡り鉱夫・切上り 長兵衛が天領であった別子で、有望な「やけ」(銅鉱床の路頭)を発見し、備中吉岡銅山の住友家支配人・田向重右衛門に通報したのが事の始まり。

住友はこの別子銅山の開坑により、銅の製錬事業から資源事業へと軸足を移すことになり、財閥への足掛かりとなった。

本来、住友の銅事業は1590年、泉屋と称して、京都で銅吹きと銅細工を開業したことに始まる。

泉屋では全国から集めた原料を製錬していたが、このとき日本で初めて、南蛮吹きと称する銀・銅分離の技術を完成させた。

この技術が開発される前は、銅が銀を含んだまま輸出され、その分だけ損をしていた。

住友はこのような最先端技術の開発を行うことで大きな利益を上げ、事業の基盤を固めていったが、加えて別子銅山の発見はその後の住友の発展に拍車をかける事となった。

坑道内の見学が終わり、次は約10Km離れた東平(トウナル)へとバスで行く。

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東平は標高750mに位置し、大正5年(1916年)から昭和5年(1930年)まで採鉱本部が置かれた場所、こんな山の中に約 3,800人もの人が暮らしていたと言う。

もうビックリポンである。

従業員とその家族、銅山関係者を入れると、最盛期には 約5,000人もいたらしいから、採掘関連施設をはじめ、学校や病院、娯楽場、社宅などの生活施設も充実し、大いに賑わっていたと言う。

↓ 東平の全体図(パンフより)

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①は旧小学校、中学校

⑪索道基地・貯鉱庫跡、東洋のマチュピチュと称されれいる。

↓東平の位置図

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この日、バスで東平の駐車場に着くと、こんな霧 ↓

全く見えない。

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↓ マチュピチュも、

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↓ もし晴れていたら

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↓ それでも帰る頃には全く見えなかった遺跡がぼんやりと見えるようになった。

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↓ 昭和43年頃の東平

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↓ 現在

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1973年に閉山されるまで、坑道の総延長は約 700Km、採鉱場所は海面下約 1,000mにまで達し、総出鉱量は約3,000万トン、産銅量は約65万トン。

山頂から掘り続けられた別子銅山は中心地を下へ下へと移動して行ったが、昭和43年(1968年)に休止され、無人地になって現在に至っている。

すごい歴史だ!

ユネスコ国際交流バスツアー(あかがねミュージアム)

10月7日、ユネスコ国際交流バスツアーに参加してきた。

愛媛県新居浜市にある別子銅山がメインの行き先。

香川県内の高専留学生 9名を含め総勢34名の旅。

ハッキリしない天候の中、最初の目的地 ”あかがねミュージアム”に到着。

JR新居浜駅のすぐ隣に位置する 総合文化施設で、絵画などの芸術作品だけでなく、全国的にも有名な同市の秋祭りの主役・太鼓台を常設展示している。

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2015年7月にオープン。

愛称の”あかがね”とは別子銅山で産出され、新居浜発展の礎となった銅の事。

これを外壁に使っている。

正面玄関を抜けるとすぐに太鼓台の展示スペースがある。

高さ約6メートル、重さ2〜3トンの太鼓台が で~んと居座る。

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まず案内されたのは、全周 360度スクリーンに秋祭りが映し出される部屋。

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太鼓台が練り歩く祭りを堪能して部屋を出ると、ロビーにはソフトバンクのロボット・ペッパー君が案内係りで働いていた。

彼(彼女?)を生で見るのは久しぶりだ。

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次に向かったのは、丁度今開催されている『文化庁新進芸術家海外研修制度50周年記念展』の展示会場。

作品の撮影禁止なので、パンフからこんな絵画 ↓ の展示。

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今年度は文化庁が若手k芸術家を海外に派遣し、その分野の専門とする分野の研修を支援する新進芸術家海外研修制度がスタートして50周年という節目の年。

この50年で美術部門では約1,230名の研修生が海外の大学や芸術団体で実践的な研修を行っている。

これまで研修に参加し、今も国内外で活躍している若手,ベテランの新作75点が今回紹介されている。

このように一堂に紹介されるのは初の試みで、新居浜市の市政施工80周年を記念して実現したという。

↓ 美術展もさることながら、このミュージアムそのものも芸術作品。

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ここでお昼弁当を食し、別子銅山へと向かう。

↓ 別子銅山にて記念撮影

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