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4月の初め頃、心臓あたりの皮膚に赤い斑点がポツポツと現れた。日を置かず反対側の背中にも。
多分ヘルペスと思った。若い頃にもこの病気になった経験があるから。とにかく痛い。ちょうど心臓の真上なので初め心臓が痛いのかと思った。
赤い斑点がもっと増えて痛さも夜中に目が覚めるほどになった。ガマンすれば日にち薬で治るのは分かっていたが、そこまでやる気は無い。とにかく病院へ行こう。
内科か皮膚科かと迷ったが、まあ妥当なのは皮膚科だろうと昔子供がお世話になった宮本皮膚科を訪ねた。まだ昔の場所でやっているのだろうか、先生は今も元気で診ているんだろうかと思いながら。
元の場所に医院はあった、が看板の名前は変っていた。津田皮フ科と。宮本先生はどうしたんだろう。さすが第一線からは退いたのだろうか?とにかく評判の良い先生でいつも混んでいた。待合室も狭く外で待つことも、立って待つこともあった。
津田医院のレイアウトは、薬局が分業化して医院内になくなった分待合室が広くなっていた。
津田先生はまだ若いハンサムな先生だった。病気の説明も丁寧でこの分だと宮本先生に劣らず繁盛するだろうと思いながら医院を後にした。
ウィキペディア フリー百科事典で調べたヘルペスの発症原因に「通常は生涯に1度しか発症しないので免疫機能が低下している人を除くと再発することはまれである」とあった。
私の免疫機能は大分低下しているのかも知れない。
百科事典曰く、
一度水痘になると、たとえ水痘が治癒しても水痘のウイルスが神経節の中に潜伏している状態(潜伏感染)が続く。ストレスや心労、老齢、抗がん剤治療・日光等の刺激などによりヒトの免疫力が低下すると、ウイルスが神経細胞を取り囲んでいるサテライト細胞の中で、再度増殖する(再活性化する)ことによって生じるのが帯状疱疹である(潜伏状態自体に害はない)。ウイルス再活性化のメカニズムは不明。
60歳代を中心に50歳代~70歳代に多くみられるが、過労やストレスが引き金で若い人に発症することも珍しくない。
年齢が若いから軽症ですむとはかぎらず、その患者の抵抗力により重症度が決定される。初期に軽症であっても、無理をすることでいくらでも重症化する疾患である。
また、通常は生涯に1度しか発症しないので、免疫機能が低下している人を除くと再発することはまれである。
尾籠な話で申し訳ないが、朝起きて、トイレに行かずにジョギングをすると必ず途中で催す。走ると腸の動きが活発になるからだろうか?
たいてはコンビニで用を足して事なきを得るが、大変なのは海岸沿いを走っている時。とにかく我慢・ガマン・がまんで走る。江井ヶ島漁港近くの公園に便所があるのは先刻インプット済み。
早く着きたいとスピードを上げると、催す周期が早まる。かと言ってゆっくりでは間に合わないかも・・・と葛藤しながらとにかく走った。
やっと公衆便所が見えてきた。飛び込んでやれやれ、ヤレヤレ。余裕ができ、改めて便所の中を見まわすと、公衆にしては広くてなかなかキレイなトイレである。できてまだ新しい。
後処理は何処?と捜したら右側にボタンがあった。さすが近代的、レバーでなくボタンだと思った。
押してびっくりした。ビー、ビー、ビーと大きなブザー音が建屋全体に鳴り響くではないか。これはえらいこっちゃと即飛び出す。
救助を呼ぶブザーが外へ向かってがなりたてていた。これは早く止めねば・・・誰か来たら大変だ。
どこかに止めるボタンがある筈、いやもしかしたら簡単には止められないようにしているかもと心配しながら・・・捜した捜した。
意外と簡単に見つかった、ブザーの近くで。鳴る時間が短かかったのと、早朝で付近に人がいなかったのが幸いし、結局誰も駆け付けては来なかった。
近年あんなに慌てたことはない。
PS 流し忘れの解消に再びトイレに入ったら、ちゃんとレバーがあった。やっぱり慌てていたのかな~。
7番目に見つけた住吉神社。場所は、明石市大久保町江井ヶ島西江井。それで看板柱には「西江井 住吉神社」とあった。
2つ目だったか同名神社に出くわした時、この神社は魚住町にある住吉神社と何か関係が?と丁度来ていた参拝者に聞いたら「この辺に住吉神社はいっぱいあるから、皆分社じゃないの」と。
まだまだ他にも住吉神社が明石市にはありそうだ。
明治城と言うお酒のディスカウントショップがある。安いのは言わずもがな、それにもまして店の看板がユニークなのがもっと特徴。
とにかくダサい・・・と思う。一度見たら”何これ”と目に焼き付く。でもそのお陰で有名になった。
下の写真は宇多津にある支店。
屋根の上に亀に乗った浦島太郎像がある。その亀が竜宮へ行く。注目は浦島太郎の顔、行く時はしらふだが竜宮から帰ってきたら酔っ払いの真っ赤な顔になる。
正面から見ると行く時は右向きのしらふ顔、竜宮でくるっと180°廻ると左向きの赤い酔っ払い顔になると言う仕掛け。分かってはいてもついつい2~3往復は見てしまう。
でもこの仕掛け、今は何故か動いていない。省エネのせい?それとも当初程の「エッ~」効果が得られなくなったから?それとも遊園地の人形時計のように定刻になると一往復だけ動くとか?
下は坂出市にある本店の人形。旅姿の二人がお酒を酌み交わす。前は旅人二人の顔も動いていたように思うが、今はひょうたん徳利を持つ腕が上下に動くだけ。故障しているのかな?それとも初めから顔は動いてなかった?
ダサいついでにこちらは坂出にある米屋さん。高校時代の友人が経営する店。このおかげか、数年前にオープンしたお食事処【こめや】が繁盛しているそうな。
上の写真の造形は鉄工所をやっていた彼の父親が自分でコツコツ製作したとか。
うぶしな神社と言う。
■香川県綾歌郡宇多津町一五九七番地にある。
■ご祭神は主神が大己貴命(おほなむちのみこと)・配祀が豊受大御神(とようけのおおかみ)
■由緒 社伝によると、当神社は上古から津之郷に御鎮座になり、宇夫志奈大神と賛え奉っていた。日本武尊の皇子・武殻王(たけかひこ)が、阿野郡の国造として海上を御巡視の折、暴風雨に遭われた。王が宇夫志奈大神を御祈念遊ばされると、一羽の烏があらわれて船を本島の泊(丸亀市)に導き、危うく難を免れることができた。これにより王はいっそう宇夫志奈大神を仰ぎ、小烏大神(こがらすのおおかみ)として賛え奉ったという。
■毎週日曜日、この神社の前の道を丸亀走友会の連中と走り抜ける。
左が宇夫階神社、右が境内社の鹽竃神社 。
宇多津は町長の政治が良いのか、いつも活気に溢れている。活気を生む手段のひとつが各種イベントの開催。
3月はひな祭り。この日ばかりは各人の民家が主役。家に代々伝わる古いおひな様から新屋の新しいお雛さままで、どうぞ見て下さいと道に面した部屋に飾る。
中にはお菓子や飴やお餅の接待までしてくれる家もあって、訪れた人をもっと和ませる。
米のエキス(ライスパワーエキスと呼ぶらしい)で有名になった勇心酒造もこの町並みにあって新酒のPRを兼ねたお接待。少々酔っ払う。
町役場の広場では屋台もできて、大賑わいの一日だった。
「しおがま」と読む。
■所在地:坂出市常盤町二丁目一番七十五番地(坂出町西新開)
■祭神:大綿津見神(海の神)
境内社:坂出神社
■祭神: 事代主命・久米通賢命・松平頼恕命
■由緒:祭神 久米通賢命は東讃馬宿の人、時勢を考察國利民福を念願し、必死の覚悟で高松藩に坂出墾田を建白、私戝借戝と全智を傾けて、文政十二年に二百数十町歩の坂出墾田を完成、殊に百十五町歩の久米式塩田から製する塩は、坂出の特産となって村と藩を富まして日本一の製塩地坂出の基となった。
祭神 松平頼恕命は第九代高松藩主、通賢の英智と誠意を認め、反対する藩意を押して自らの納戸金を工事費に充てて坂出墾田を奨めた英王である。この恩恵によって坂出は日を追って富み栄え町民挙げて通賢翁と頼恕公を坂出の守護神と崇め尊び、昭和九年十二月鹽竃神社境内に新に社殿を建立し、その御霊を創祀して坂出神社と稰した。
頼恕公が建てた坂出墾田之碑は天神社境内にある。
■所在地:坂出市八幡町二丁目(坂出町字内濱)
■主祭神:譽田天皇(第15代 応神天皇)
■東配祀:(伊勢)天照皇大神、西配祀:(出雲)大物主神
■境内社:塩竃社・幸神社・地神社・狸社
■創祀,沿革(坂出八幡神社のパンフレットを転記)
南北朝正平年間(1362年)北朝細川頼之により、宇佐八幡宮から角山山麓に八幡神を勧請される。
その後、聖通寺に居城の奈良氏により現社地に遷座(1575年)されしも、戦国時代に長宗我部氏との戦乱により焼失荒廃。17世紀に入り赤穂からの移住塩造り人により、1615年再建される。
後、幾多の変遷を経て、文政年間(1820年代)久米通賢翁の坂出開墾を期に、天保13年(1842年)幣拝殿、安政10年(1857年)本殿の増改築が行われ、明治12年村社に列せられ旧坂出村の氏神様として、篤い奉賛をうけ、昭和62年保存大修理を行い、今日に至っています。
徳島県半田町にある土々呂(どどろ)の滝。
毎年この時期柿茶の里を訪ねる。その途中で見つけた滝。
下の写真は、毘沙門天 浴油堂。
浴油堂で修法されている浴油法とは真言密教のいくつかの秘法の中でも最もありがたい秘法中の秘法と言われています。
普通私達が特別の祈祷をする場合、夜明け前即ち寅の刻に起き、斉戒沐浴して身も心も浄め美しくなって心をこめて祈りますが、浴油法では拝む行者は当然の事ながら御本尊毘沙門天さまにも斉戒沐浴していただき、仏様の王位に就いて戴くべく特別の作法修し、十分御供養を差上げて御活躍していただくのです。
それ故に行者は無論のこと、お祈りする人は皆よこしまな心をもって誤った事を願ってはいけません。心身共に浄めて一生懸命真剣になって奉り下さい。必ず御利益御加護があります。(説明看板を転写)
冬のソナタからはまっていた韓流ドラマも最近は食傷気味。
でもすぐお隣の国と言う親近感もあってドラマの中で垣間見る生活習慣は興味深い。
私が気付いた日本ではあまり見られない習慣・・・
その1:お箸や器がステンレス製。
その2:年配者の前で酒を飲む時、横を向いて干す。
その3:年配の女性は立膝で座る。その座り方にTPOがあるのかどうか???
その4:正式な挨拶をする時、立ち姿勢から仰臥。それを2回。お墓の前での挨拶も同じ。
その5:田舎は土葬なのか?お墓は土まんじゅう形、墓石はない。
その6:誕生日にわかめスープを飲む。
その7:屋台で眞露(ジンロ)(진로)をストレートで飲む。
その8:押入れが無く、ふとんはタンスの上とか棚の上に丸見えで置いてある。
その9:ふとんの柄が派手。緑とか赤とか原色に近い色彩。
その10:婚約披露宴をする。もっとも金持ちだけがするのかも・・・。
その11:寝る時パジャマに着替えるシーンはあまり無い。
その12:儒教の国、親や兄弟を大事にする。日本人も是非見習いたい。
■韓国で金属製の箸を使うようになった有力説は、その昔宮廷の権力争いにヒ素混入による食べ物での毒殺があり、それが入っているかどうかを調べるために、毒物に反応する金属製の箸が良い考えられたとか。材質は、錫とか銀だったのだろう。砒素に対して鈴や銀は化学反応を起こし黒色に変色するらしい。
■私は今ステンレス製の箸を愛用している。洗いやすいし、水がしみなくて衛生的でいい。
第7回讃岐うどんつるつるツーデーウォーク大会が、去る4月4日と5日の二日間行われた。JR坂出駅より出発して5,10,20,35Kmを歩く大会。同じ距離でも一日目は東へ行くコース、二日目は西へ行くコースとバリエーション有り。
1日だけの参加でも良いし、二日間参加してもいい。完走したら打ちたてのうどんが待っている。半生うどんのお土産もくれる。
丸亀走友会の仲間と4日の20Kmにエントリー。参加して驚いた。たぶん参加者は四国四県だろうと思っていたが、何と北は北海道から南は鹿児島からの参加者も結構いた。
高いお金をかけてわざわざ香川の地まで歩きに来るとは・・・私など北海道ウォークなんて行きたくても、とてもとても・・・余裕はない。
開会式からポツポツだった雨が何とか中間地点のチェックポイント迄はもったが、そこから本格的に降り出した。
スタートから我々仲間は先頭に出ようと飛ばした。雨が降り出してからその速度はもっと上がったが、最後まで先頭グループには追いつけなかった。順位記録も時間記録もないから正確ではないが、8時50分頃出発して12時10分頃にはゴールしたから、一時間約6Kmの早さで歩いたことになる。
さすがにこの日は疲れた。
綾川沿いを川上に向かってひたすら歩く。
途中で見つけた春爛漫。
一緒に歩いた仲間
ここも明石市魚住町中尾にある住吉神社の分社に違いない。私のジョギングコースで鳥居さんを見つけ、桜の花が満開につられて行ってみたら住吉神社と書いてあった。明石には住吉神社がたくさんあると聞いていたので、ここもその親戚。
「永らえて 友と語らん 桜かな」の石碑が今満開の時にぴったしの詩。
下はこの境内社
昭和54年(その9)
・山腹は 雨に煙りて うす緑
半夏を過ぎるも 梅雨明けず
・庭先に ひよ鳥 の来て賑わしく
其処に熟せし 木実ありなば
作詞:筧 和歌子 作曲:木村 弓
いつも何度でも
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい
かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける
さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる
生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう
かなしみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっとうたおう
閉じていく思い出の そのなかにいつも
忘れたくない ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される
はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされていけ
海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから
いつ聞いても涙が出そうになる詞。またメロディがこの歌詞にぴったり。さらに彼女の透明感ある歌声はいっそう詞を引き立てている。
このうたが宮崎アニメの「千と千尋の神隠し」の主題歌になったのは何故だろうか。詞を読む限りアニメとは関係がないような気がする。
このうたは人生の応援歌と思う。【ゼロになるからだ】は何と新鮮な表現なんだろう。
昭和54年(その8)
・声なりと 聞きたきものを あっさりと
要件のみで 電話切る嫁
・ポーの葉の ようやくい出て 五月晴れ
・吹く風が 部屋にもたらす くちなしの
甘き香の 花真白に咲ける
・床の間に 置きものの如き存在の
かの人如何に過し居りしや
・降り続く 梅雨空に映え琵琶の実は
熟れに熟れにし 枝もたわわに
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