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あなたが電話をくれた時
一日中、心は和む
帰って来た時
あなたの車があると幸運だと思う
あなたの顔を見た時
本当にうれしい
一緒に食事をする時
幸せを感じる
家に居る時
あなたの気配を感じて安心する
あなたが帰る時
とても寂しい
香川のうどん屋は一匹狼店が主流で、行列のできるうどん屋はほとんどこれ。並ぶのが嫌な私はあまり混まない広い店のチェーン店に行く。
私の知るチェーン店は”いきいきうどん”、”はなまるうどん”、”めりけんや”、”まるいち”等。
チェーン店のほとんどは【セルフ】と呼ぶスタイルの店。
”いらっしゃいませ”と歓迎され、黙って座れば注文を聞きに来るのが当然と思っている県外客は、このセルフ方式に初めは戸惑うらしい。
香川県には薬味のねぎは横の畑で取って来て、それを自分で刻んで入れる「そこまで客にやらすか」スタイルのセルフもあるくらいだ。
店に入るとまず積んであるお盆を取る。次に何うどんにするかを店員に告げる。かけうどん、冷やしうどん、湯ダメうどん、ざるうどん、釜揚げうどん、カレーうどん 等など、メニューは多い。次に大事なのがうどん玉の量。
「大・中・小」又は「特大・大・小」とあれば、たいていは3玉、2玉、1玉の順。「大・小」とあっても店によっては大は3玉の所もあるから要注意。でも大が3玉の場合はたいていお店の人が3玉ありますけど・・・と言ってくれる。
その店のうどんの出来を評価するには釜揚げうどんを食うのに限る。釜揚げとは茹で上がったうどんをそのままダシ汁につけて食す。麺のこしとか色つやとか太さ、長さが評価の対象。かまずにつるつると喉越しの食感を味わうのがさぬきうどん通である。
釜揚げを注文すると、たいてい10分くらいは待たされる。そして他のうどんメニューに比べ値段が高い。茹で上がって水洗いもせず、一番手間のかからぬメニューであるにもかかわらずである。鮮度の良さを価格に反映させているせいかも知れない。
下の写真は、いきいきうどん屋の釜揚げうどん。ダシ汁につけて食す。うずらの卵をダシ汁に割込むがこの卵、ニワトリの卵のようにスパッと割れないのが難点。
チェーン店と言えどフランチャイズ方式をとっているのだろうか、看板には個性がある。
ラーメン缶の話題をテレビで見た事がある。麺はこんにゃくらしいが缶詰としては良くできているとの評価。
ラーメンの缶詰なんて・・・と誰もが思う。それ故に一度は食ってみたいと思っていたら、会社の同僚に先をこされた。
自販機で売っていると聞いたが、通勤途上では見当らない。それで一缶買って来てとお願いしたら、その後山陽電車江井ヶ島駅付近で自販機を見付けた。
札幌らーめん缶-味噌味の他に醤油味、塩味、おでん缶、うどん缶、中華麺缶、冷麺缶があり、どれも一個300円也。
5月3日に丸亀お城祭りがあって、そこでもこのラーメン缶を見付けた。1ヶ100円也。
温めて食べた方がいいと言うので、そうして食したが、感想は「・・・・???」。麺がこんにゃくだから仕方ないのかも知れないが、とてもラーメンと思えない。長ったらしいが「らーめん風こんにゃく缶」と命名してはどうだろうか。
さぬきうどん通の私にはうどん缶なんてとてもとても食べる気はしない。
蟻の社会から人間社会は見えないものと信じている。
子供の頃、蟻の行く手に溝を掘り穴を作ってそこに水を流し、蟻が大いに慌てる様を、面白がって見たものだ。
蟻にとって降って沸いたような大水は、天変地異の何物でもなかったろうに、私から見ればほんのちょっとしたイタズラだった。
人間社会からは見えないもっと大きな世界があって、そこに住む生命体がイタズラで箸かなんかで地球をチョンと突くと大地震が起こり、手で海水をちょいとかくと大津波が起こる・・・地球に住む我々にとって、それは天変地異の何物でもないが、それを見て面白がっている者がいるかも知れない。
そのイタズラが我々には見えないんだから、一体何が起こったんだろうと逃げ惑う事になる。
鈴木光司氏の小説に何かそんなような設定があった気もする。「らせん」だった?
地球に生命体ができて進化して来た。そして今進化の頂点にあるのは人類。
その人類の進化は今も続いているのだろうか?それともこれ以上の進化はないのか?
アメリカドラマ【Heroes】に出てくるテレポートできるとか他人の考えが読めるとか空を飛べるとか・・・それが進化?
でも考えてみたら、そんな能力を持つのが進化じゃないな~。
それより、地球以外の星に住むのを余儀なくされ酸素なしに生きていける身体になるとか、無重力に適応するとか・・・そんなのが何億年先にみる進化かも知れない。
もっともそれまでに、この地球が一部の愚かな生命体に滅ぼされずに存在していたらの話である。
東京へ行ったとする。仕事でも何でも初対面の人と話しているうちに、自分と同郷だと分ったとたん、相手にえらく親しみを感じて香川県の何処ですか・・・と方言も交えながらさらに会話がはずむ。
ニューヨークに行ったとする。たまたま会った人が東洋人でしかも日本人だと分かると、何県ですか・・・と東京で同郷の人に会った以上に親しみを感じ、母国語での会話がはずむ。
宇宙に行ったとする。そこで出会った知的生命体の中に地球人を見つけると、地球の何処ですか?エッ南アメリカからですか・・・とニューヨークで会った日本人以上に親しみを感じ、英語での会話がはずむ・・・と想像する。
宇宙で地球人に会った時のような親しみや仲間意識を、今地球で暮す我々が持てば、今の時代にも絶えることの無い戦争やテロはこの地球からなくなるのではなかろうか。
でもやっぱり殺し合いのサガを持つ人類は、相手を宇宙の知的生命体に変えて、スターウォーズを繰り広げているのかも知れない。
それ程人間は、愚かな生き物である。
5月4日の丸亀お城祭りの時、丸亀ロータリークラブの人から頂いた涙が出そうになる詩を紹介する。
老いゆく親の愛情詩
年老いた私がある日
今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私を理解し受けいれて欲しい。
私が服の上に食べ物をこぼしても
靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい。
あなたと話す時同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずうなずいて欲しい。
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末に
祝福の祈りを捧げて欲しい。
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた。
悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心に
励ましのまなざしを向けて欲しい。
楽しいひと時に私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂へ入るのをいやがるときには思い出して欲しい。
あなたを追い回し何度も着替えさせたり様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを。
悲しい事ではないんだ 旅立ちの準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい。
いずれ歯も弱り
飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて
立ち上がる事すらも出来なくなったら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい。
私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい。
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけをもっていて欲しい。
きっとそれだけでそれだけで
私には勇気がわいてくるのです。
あなたの人生の始まりに
私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに
少しだけ付き添って欲しい。
あなたが生れてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛をもって笑顔で答えたい
私の子供達へ
愛する子供達へ。
原作詩 不詳
とらのもりさんが、ブログ「何これ」にコメントをくれました。ヌートリアとは知らなんだ。ついでにウキペディアフリー百科辞典で調べたら、「ヌートリア」とはスペイン語でカワウソ(の毛皮)を意味するとの事で、「かわうそ? そんなばかな」と書いたのは当たらずとも遠からず。
上は間違いなく
ヌートリアという動物です。
ビーバーとドブネズミを足して
2で割ったような感じです。
この辺りではため池が多いので
見かけることが多いです。
私も初めて見たときは、なにこれ?って
思いましたが、調べてみて分かりました。
ルーツは南アメリカから
軍服の毛皮用として輸入飼育され
それが、自然に繁殖して
広まったそうです。
雑食なのでどちらかというと
嫌われ者みたいです。
鳥は多分
鷺の一種だと思います。
詳しい種類は分かりませんが
羽の部分が灰色っぽければ
アオサギですが。
これも川や池の水辺で
すぐ見かけることが出来ます。
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