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ラオハージエ(饒河街)イエシー(夜市)
台北市 松山(ショウザン)区・南京東路5段にある夜市。
台湾には夜市が30箇所あると、現地ガイドの朱 信忠さんが言う。
その中でも昔ながらの夜市を楽しむならここだと。観光夜市とあるが地元の人達にも大変人気があるとか。
まずは入口(松山駅側から来た人には出口)
ここは一直線なので迷子にはなりません。私は一足先に行ってこの夜市で行列が出来る店の「福州胡椒餅」を皆さんに買って来ますからと、言い残し、ガイドはさっさと消えた。
道の両側に固定店舗が並び、道の中央には屋台が。長さ600mの道に、屋台が140軒、店が360軒ほどあると言う。
まぁ~賑やかなこと・・・何でも有りの感だが、特に食べ物は種類が多い。日本のお好み焼きまである。
屋台の脇にテーブルが数多く並び、通路に尻を向けて食いにいる人々の群れは、豚にされた千と千尋の両親と重なるが、生きるエネルギーの噴火を見るようで興味深い。
人、ひと、ヒトでごったがえしているから埃も飛び交っているのだろうが、そんな衛生を気にするよりも、夜市に集まる台湾パワーに圧倒される。
やっと出口
出口(松山側)付近のお寺
出口近くで胡椒餅を持ったガイドさんと再会、「これは美味いよ」とひとつくれたが、おなかがいっぱいで食べる気にもならなかった。
九份は今や日本人観光客に大もての町。
街並みはどこかで見た風景? それもそのはず、宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった街とか。
下の写真は「阿妹茶樓」と言うお茶屋さん、アニメの湯婆婆(ユバァバ)が経営する湯屋・「油屋(あぶらや)」は、この建屋をモデルにしていると聞いた。
夕暮れとともに赤いちょうちんがその存在感を増し、花街のごとき妖しい雰囲気をかもし出す。
八百万の神々が集まって来そうだが、賑やかなのは俗世間の人間達。私もしっかりその仲間に入れてもらった。
狭い道の両側に多種多様な店が並び、観光客を飽きさせない街のつくりは、石段の演出もあって見事である。
九份は、元々何もない台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末に金鉱が発見されたことで徐々に町が発展し、日本統治時代に町としての最盛期を迎えた。
その後70年代に金鉱が閉山されてからは急速に衰退し、一時は人々からも忘れられた町となっていたが、80年代末に侯孝賢監督がここを映画「悲情城市」のロケに使ったことで再び町として脚光を浴びるようになった。
日本では神隠しの町として有名。我々一行もそうだが、ここでも多くの日本人観光客を見受けた。
10月6日から9日まで台湾へ行って来た。
台湾は漢字国、日本ではもう使われなくなった懐かしい漢字が看板に並ぶ。
面白いのがTOILETの漢字。公衆便所の看板には色々な漢字表現がある。
一番分かり易いと思ったのは【公厠】。
だけど、「ちょっと”かわや”へ行ってくるわ」と今の若者に言ったら分かるだろうか?
男性,女性便所の区別が【♂厠】、【♀厠】。 実に分かり易い!
台湾の公衆便所は何処も掃除が行き届き清潔だったのは、ちょっと意外だった。もう少し汚かろうと思っていた。下の写真は九份にあった公衆便所、ホテル並みだ。
次は【盥洗室】と書かれた公衆便所。 「盥」にはそそぐ、たらいの意味がある。たらいに入れた水で手を洗うのは便所で用を足した後・・・と言うわけか? なるほど。
【洗手間】・・・この表現も「盥洗室」とほぼ同じ発想か。
ついでに調べてみた。
日本には便所を意味する呼称や異称が多い。
「厠(かわや)」は古く、「古事記」にその例が見え、施設の下に水を流す溝を配した「川屋」だったことに起源する。
また、あからさまに口にすることが「はばかられる」事から「はばかり」「手水(ちょうず)」と言ったり、中国の伝説的な禅師の名から「雪隠(せっちん)」という語を使うようにもなったと言われる。
昭和になると「ご不浄」から「お手洗い」「化粧室」としだいに表現がより穏やかなものが使われるようになり、戦後は「トイレ」や「W.C.(water closet の頭文字)」など外国語に由来する表現や男女を示すピクトグラムでその場所を表したりすることも増えた。
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