Jou光

  • 親父
    彼は子供の時から絵が上手いと、親の欲目で思っている。目の前でさらさら描かれると、ついつい感嘆してしまう。世の中いっぱい絵の上手い人はいるが、この道で飯が食えるのはスポーツ選手と同じで極一部。でもとにかく趣味でも良いから絵を描くことは続けて欲しいと願っている。

春爛漫

  • ぼけの花
    柿茶の里は徳島県美馬郡つるぎ町に位置する。柿の葉の生産農家へ毎年春と秋に行く。春はことさら美しい。桜が咲き乱れ山の木々が新緑に包まれる。澄んだ青空に身も心も洗われる気がする。

アユタヤ遺跡

  • Pict0266
    1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められています。 寺院ではありますが僧は居住せず、王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていました。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、壊されてしまいました。

暁の寺院 タイ

  • Pict0350
    トンブリ王朝時代の守護寺で最高位の寺院とか。きらきらと輝く陶器の破片に覆われた高さ約79mの大仏塔は、ラマ3世により5年がかりで改装された。朝日を浴びた大仏塔の神々しい姿が”暁の寺”の名前の由来。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

  • Pict0201
    セイロンへの留学から戻ってきた僧侶のために、1357年初代王ウー・トーンが建立しました。仏教寺院は瞑想の場として使用されていました。現在も多くの仏教徒が訪れ、週末は観光客でにぎわいます。

水上マーケット

  • Pict0116
    ダムナン・サダックの水上マーケット。その昔、”東洋のベニス”と言われたバンコクでは、日常的商取引には運河が利用されてきた。水上マーケットは、古き良き時代の情緒溢れるバンコクの生活を体感させてくれる。 

2008年7月 タイ王宮

  • Pict0429
    白壁に囲まれた20万㎡の敷地内には、1782年に建設された国王の宮殿、即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド仏寺院などチャクリー王朝歴代の王により建造・改築された建物が建ち並んでおり、ラマ8世までは実際にここに住まわてていたとか。

涅槃寺

  • Pict0386
    タイ語で Wat Pho(ワット・ポー)と呼ぶこの寺は、ラマ1世が建立したバンコク最大の境内を持ち、バンコク最古の歴史を持つ寺院。本堂には写真のようなリクライニング・ブッダの愛称で親しまれている寝釈迦仏が横たわる。足の裏には螺細細工でバラモン教における108の宇宙観が表現されていると言う。

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金魚

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2013年6月

ブラシの木

帝釈峡からの帰り道、広島県府中市上下町(ジョウゲチョウ)に立ち寄った。

コープの店で面白い木を見つけた。

2,300円の値札に「「金宝樹 ブラシの木」と書いてある。

ブラシの木とは何とうまい命名!姿・形からピッタリだ。

こんな花? 木?、はじめて見た。

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ネットで調べてみた。

ブラシノキ(学名:Callistemon speciosus)は、フトモモ科ブラシノキ属。

別名、カリステモン,ハナマキ(花槙),キンポウジュ(金宝樹)。

学名のカリステモンはギリシャ語で「美しい雄しべ」という意味。

”フトモモ科 ブラシノキ属” なんて・・・誰が名付けたか?

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ついでに上下町出身の有名人を調べたら、俳優の平幹二郎氏、お笑いコンビ・アンガールズの田中氏の名があった。へぇ~・・・・。

帝釈天永明寺

和銅2年(709年)行基菩薩の開基と伝えられ、古くから慈悲深く衆生に幸福を授ける仏様とあがめられている。

帝釈峡の名の起こりとなった帝釈天を本尊としてお祀りしている。仏教では帝釈天は須弥山頂の忉利天(トウリテン)に住み、喜見城の主と言われている。

そそり立つ石雲山を背景に、今は本院のみとなったが、昔は予院七坊があったとか。

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なかなか味わい深いお寺、残念ながら立ち入り禁止となっている。

魚切り渓谷の滝

所在地は広島県神石郡神石高原町有木。

この地域は仁吾川が吉備高原を下刻し、古生層の岩壁や多彩な植物相と相まって見事な渓谷を作り出している。

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↓ 滝の風景を台無しにする建物、おまけにこの発電所、動いていない。

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↓ 滝への道中、湿原でも見なかった花が咲いていた。

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帝釈峡への旅花

↓ おもつぼ湿原のすずらん

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↓ 名前不明、何か不思議な花。花じゃなく葉の一部かも知れない。

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↓ ヤマボウシ(ミズキ科)

花の集まりが白い頭巾をかぶった坊主(法師)に似ていることからこの名が付いた。秋には真っ赤に熟した甘い実がなる。

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やまぼうしを見た事はなかった。休暇村五色台の付近にもあるらしいが、見た事はない。

鯉が窪湿原

岡山県新見市哲西町にある湿原。

この湿原は溜池「鯉が窪池」の上流部に形成され、「西の尾瀬沼」とも形容される。

鯉が窪池は元禄8年(1694年)に潅がい用水池として築造され、その後二度の大改修によって嵩上げされ現在に至っている。

この地域の谷部には多くの湿原が存在し、中でもこの鯉が窪湿原は3.6ヘクタールの面積を誇り、一周すれば2.4Kmある。

古くから珍しい植物が生育している事で知られ、満朝系の残留植物をはじめ、日中共通植物や寒地植物・日本固有植物、その他周辺の植物を含め、およそ300種類を超える植物が自生している。

昭和27年に岡山県指定天然記念物となった。

↓ 鯉が窪池

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↓ いかにも湿原らしい風景が続く

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季節によればサギソウやハナショウブ,キキョウなど、色々な花が見られるらしいが、この日は新緑一色だった。

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鬼の供養塔

鍾乳洞の「白雲洞」を過ぎて、雄橋へ行く途中、森の中に巨大な石柱が見えてくる。

10mにもおよぶこの石柱は、帝釈天に命じられて雄橋,雌橋を造った陰陽二鬼神の供養塔と言われている。

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↓ 新緑が深い緑に輝く

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白雲洞

あなたを神秘の世界へいざなう白雲洞。

奥行き200mの石灰岩でできた鍾乳洞窟。いろいろな形の鍾乳石や石筍がみられ、洞壁には石炭紀のサンゴの化石が現れている。

今から3億年前、海底で出来た石灰岩が浮上し陸地化、その石灰岩は雨水に溶け易いため岩の弱い部分に添って水が侵入するとそこに洞窟が出来始める。これが永年に亘ると一大洞窟となり、これを鍾乳洞と呼ぶ。鍾乳洞の内部はその後、上から滴り落ちる地下水が岩を溶かして鍾乳石をつくり、下からは石筍となって盛り上がる。

洞内を見学できるのは200mまでだが、その奥70mは入洞不能、さらにその奥も続いているらしいがどこまで続くのかは不明らしい。

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↓ 月の兎 言われてみれば・・・の感じ

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↓ 蘇鉄岩  波形の模様は強風によって出来たものとか。

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↓ 菩薩岩

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唐門

帝釈峡の北入口、永明寺を下流に約1Km下ったところに「鬼の唐門」と呼ばれる崩れた石灰洞ある。洞窟の入口部分だけが天然の橋となって残っており通り抜ける事ができる。

唐門の看板も出ているが、入口は良く注意しないと見過ごしてしまう。

↓ 唐門入口 遊歩道から入口は見えにくい。

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↓ 門をくぐり振りかえる

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↓ 高さ約8mの洞門

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↓ 新緑の緑の中に紅葉を見つけた。同じもみじの木に緑と赤が同居する不思議な風景。

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香川食育考 その2

香川短期大学名誉学長・北川 博敏先生の著「かがわ食育考」の紹介文が四国新聞 オアシスの掲載された(2013年6月21日付け)。

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香川県は野菜の消費量が全国最低で、糖尿病予防が急務とされている。その現状をどう打破するかを多角的にアドバイスした本。

食と健康に携わる全ての人にとってのバイブル書。

びわ

井上 尚代氏 作

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今年もびわの季節がやってきた。子供の頃には良く食べたものだが、今は滅多に口にしない。そう言えば果物を最近食べなくなった気がする。

神龍湖

神龍湖は広島県庄原市神石高原町にある帝釈峡国定公園内の下部に位置する人造湖。

周囲24km、全長8Kmの湖。遊覧船で春には新緑を、秋には紅葉を楽しめる帝釈峡の中心観光地。

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神龍湖の周りに約2Kmの散歩コースがある。案内図の現在地から左回りに歩く事にした。

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散歩する人も少ないのか、道はあまり手入れされてない。と言うか故意に自然のままにしているのかも知れない。なかなか味わい深い散歩コースである。

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↓「神龍橋」が見えてきた。新緑の緑に赤い橋脚が映えてきれい。

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実はこの橋、再利用の橋なんだそう。

昭和5年に三原-東城線の神龍湖に架けられた「紅葉橋」が、昭和60年に新しく架け替えられ、これに伴い解体撤去される予定だったが、神龍湖を周回する遊歩道をつくる事が決まり、この橋が再利用された。Photo

この橋は、戦前に架設された道路用の単純トラス橋としては、最長のスパンを誇り、平成14年に土木学会から「土木学会選奨土木遺産」と認定され、平成21年には文部科学省に造形の規範として「登録有形文化財」になった。

↓ 2番目の橋「櫻橋」

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↓ 昭和60年にできた「紅葉橋」、橋の向こうに見えるのは龍神トンネル。

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↓ 帝釈峡案内図

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富士山

6月にカンボジアで開かれるユネスコ世界遺産委員会で、富士山が遺産になる事が正式に決まった。

それで静岡に在住の増田 桂子氏から、富士山の素晴らしい絵ハガキが届いた。

雪をいただいた白い富士とピンクの芝桜が真っ青な空に映える光景。

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この風景、どこから撮影したのだろうか? 是非見てみたいもの。

↓ 増田桂子氏 撮影

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コンサート

大きなホールじゃなく、小さな会場で行われるコンサートに行く機会が増えた。

最近では6月13日に教専寺の本堂で行われたヴァイオリン奉納コンサート、奏者は古澤 巌氏。

タイトル「LIVE UNDER  THE TREE」、集客数、約200名。

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もうひとつは、6月16日に丸亀市の88STAGEで行われた「ベーゼンドルファー ラストコンサート」。集客数、約60名。

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世の中には楽器演奏をなりわいとするプロの演奏家が一体何人くらいいるのだろう、オーケストラに所属する人や個人やグループでやっている人々等など・・・。

有名な人なら引く手あまたかも知れないが、名も知られてないプロの演奏家はいろんな意味で厳しいのかも・・・と思ってしまう、こんな田舎へまで来るのだからと・・・。

プロの演奏だからチケットは 2,000円以上する。田舎ではそのお金を払ってまで聞きに行く人はあまりいない。講演会や演奏会に、タダでも人はなかなか集まらないのだから。

ましてや有名でなければは猶更人は集まらない。主催者は涙ぐましい努力と、持てるコネを最大限使い、やっとこさ会場がほぼいっぱいになる人数を集めてくる。選挙さながら前の日には電話をかけ「明日来てね」と念押しもする努力も重ねながら。

満席にならないと演奏者に申し訳ない気持ちになる。

わかるな~主催者の気持ち、NPO法人 健康を考えるつどいの講演主催を経験したから。

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玄武洞

天然記念物「玄武洞」 

約160万年前に起こった火山活動の際、山頂から流れ出した溶岩が冷えて固まる時に規則正しい割れ目を作り出したのがこの玄武洞。

古くは石山と呼ばれた採石場で、玄武岩を採掘した跡が洞となったもので、数知れない六角形の玄武岩が積み上げられ不思議な美しさを見せる。

↓ 右から北朱雀洞・南朱雀洞・白虎洞・玄武洞・青龍洞。

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↓ 玄武洞

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文化4年(1807年)、この地を訪れた江戸時代後期の儒学者・柴野栗山は、この洞の岩石が作り出す節理(岩石の割れ目)の形や断面の模様などから、古代中国の四神のうち、北の守護「玄武」を連想し、「玄武洞」と名付けたと言われている。

玄武洞の岩石は灘石と呼ばれ、江戸時代から採石場として開発されてきた。

↓ 青龍洞 (節理が美しい)

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↓ 白虎洞

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白虎洞では、水平方向に伸びた柱状節理の断面を間近に見ることができる。

↓ 北朱雀洞

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↓ 南朱雀洞

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南朱雀洞脇の岩石を見ると、節理が見られず表面がごつごつしている。これは溶岩流の先端に当たる部分で、溶岩の表面が急に冷やされ固まっても、内部はまだ熱く、後から溶けた溶岩が押し寄せ、そのために表面が破壊され塊状の岩石の集まりになる。

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村上春樹 著

村上春樹の最新話題作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。

丸亀走友会の冨上さんが貸してくれた本。

村上春樹の本は、「1Q84」を読んだのが最初。彼の本が特に好きだからでもなく、冨上さんが貸してくれたから・・・と言うのがきっかけ。

同じ作家だから当然と言えば当然だが、彼独特の書きまわしと言うか表現の仕方が「1Q84」と同じで、なつかしい気持ちがして一気に読んでしまった。

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まだ「1Q84」と「色彩を持たない・・・」の2冊しか読んでないが、村上流独特の少し現実離れしたシチュエーション・例えば「1Q84」の月が二つある風景や、生々しい性描写には少々驚く。

出石稲荷神社

出石城の鎮守の神様。 出石有子山稲荷神社

↓ 稲荷神社入り口。

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↓ 出石城跡への道筋に沿って赤い鳥居が並ぶ。

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出石城の曲輪稲荷郭に鎮座しているから城山稲荷とも呼ばれる。

慶長9年(1604年)、出石城の築城時に本丸より一段高いところに造られた城の鎮守。

ネットで調べた。

城郭内にありながら、江戸時代から身分を問わず参詣が許されていた。 城の麓の橋を渡ると横に場ヤ輿殿があり、石段の参道が続く。37基の鳥居が並び、157段の石段を上った右手に稲荷郭があり、拝殿と奥に本殿がある。ここからは出石の町並みを一望できる。

出石の街並み

↓ 辰鼓楼

辰鼓楼は、明治4年(1871年)旧 三の丸大手門脇の櫓台に建設され、明治14年 医師・池口忠恕氏が時計を寄贈してから、時計台として出石のシンボル的存在になった。

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↓ おりゅう灯籠(船着場灯)

かっては日本海より30石船が入れるほど広かった谷山川(旧出石川)の大橋東詰にあった船着場の灯籠。

「おりゅう」という名の由来は、鎌倉時代の悲恋物語の主人公「おりゅう」にちなんだものとされ、すぐそばにある柳の木は、おりゅうと恋人が寄り添う様子に見立てている。

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ここ出石は、NHKで放映中の大河ドラマ 八重が愛した男・川崎 尚之助の故郷でもあるらしい。さっそく観光用に使われていた。

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↓ 諸杉大明神 出石城址の東端に位置する神社。

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↑の鳥居さんをくぐり右へ辿ると本殿に至る。

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↓ 出石城下地図

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↓ 辰鼓楼近くのそば屋。

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↓ 家老屋敷のしだれ桜 咲いている時に是非見たいものだ、きれいだろうな~。

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出石神社

但馬 一の宮神社として但馬開発の祖神「天日槍」と八種の宝が祀られている。古くは古事記,日本書記にも名を連ねる山陰有数の大社。

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↓ 本殿

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出石城址

出石には数回来たが、じっくり町中を散策した事はない。城址がある有子山は眺めたが、城址を見たことがない。その城址に行ってみた。

出石は古事記,日本書記にも出てくる古い町、但馬開発の祖神「天日槍」がこの地を拓いたと伝えられている。 

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室町時代に山名時氏が但馬を制圧、その子時義が此隅山に城を構えたことにより、出石は但馬の中心地として栄えた。 

戦国時代に入り、織田軍に攻められた此隅山城は落城、その後有子山に城を移したが、再び攻められ有子山城も落城。 

その後小出氏が領主となり、慶長9年(1604年)小出吉英によって山頂の城を廃し出石城を築城、周囲に城下町が形成された。

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↓ 登城橋、登城門(昭和43年復元) 

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↓ 城址内にあるそば神社こと感応殿Dscf1686

出石藩主 仙石氏の祖・権兵偉秀久公が祀られている。

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Enjoy Honda

6月8日,9日にホンダの展示イベントがあった。1万人以上の集客を予定しているとの事で、我が柿茶®も「坂出ブランド」メーカとして出店した。

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お昼頃行ったが、晴天にもかかわらずお客はまばら、柿茶®の売上はあまり期待できない。

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↓ アシモの人形が見えたので実ロボットもあるかな~と期待したがなかった。

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↓ 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に出てくるような軽トラック

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↓ 懐かしいスポーツカーもあった。

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↓ 6月20日発売の「ACCORD ハイブリッド」

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入場料500円のこのイベント、果たしてその効果は???

天空の城

正確には「天空の城址」、日本100名城のひとつ「竹田城址」。

天守台など豪壮な石垣のみが現存する全国屈指の山城遺構として知られ、東洋のマチュピチュとも呼ばれる。天守台を中央に南千畳・北千畳・花屋敷が放射線状に配され、城の築かれている山全体が、虎が臥せているように見える事から「虎臥城(とらふす or こがじょう)」とも呼ばれている。

標高353.7mの山頂に位置するこの城は、嘉吉年間(1441年~1443年)に但馬の守護大名・山名宗全が基礎を築いたとされ、太田垣氏が7代にわたって城主となったが、秀吉の但馬征伐で天正五年(1577年)に落城。

最後の城主・赤松広秀が豪壮な石積みの城郭を整備したと言われる。

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竹田城址周辺では秋から冬にかけての良く晴れた早朝に朝霧が発生し、但馬地方の風物詩となっている。雲海に包まれた竹田城址は、正に天空に浮かぶ城を思わせる・・・と。

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↓ 山頂からみる下界

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天空の駅

通称「空の駅」

空の駅とは兵庫県香美町のJR山陰線・旧余部鉄橋の橋脚を一部残して建設された展望施設(全長68m、幅3m)で、2013年5月3日にオープンしたばかり。

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私の命名は「天空の駅」

展望施設のすぐ横にはJR 餘部駅が併設されている。約40メートルの高さから、日本海を一望できるこの駅は正に天空の駅と呼べる。

一望できる山陰海岸は、自然の公園「世界ジオパーク」に認定されている。

↓ 展望施設を下から見上げる。

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↓ 旧鉄橋を約1/5ほど残し展望台にした。

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↓ 最先端から入口側を望む。

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↓ 展望台の最先端、フェンスの向こうには銀河鉄道999の線路が宇宙へと続く。

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餘部駅には一時間に1本くらいしか列車が通らない。運良くその列車に出くわした。

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↓ 駅の名前は「余部」ではない、橋の名前は「余部橋梁」なのに。

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余部鉄橋

余部鉄橋は兵庫県香美町香住区余部にある鉄橋。明治42年(1909年)12月着工、明治45年1月完成、これにより同年3月1日山陰本線が全線開通した記念すべき鉄橋である。

全長310.6m,高さ41.5mで、建設当時はトレッスル式鋼橋としては東洋一の規模を誇った。

約2年の歳月と当時のお金で約33万円(42億円に相当)の巨費と延べ25万人もの人夫を要した。

昭和61年12月、強風により列車が鉄橋から転落、多くの死傷者を出した事故は遠い昔のものになりつつある。

その事故を機に鉄からコンクリート製の橋へと架け替え工事が2007年3月に始まり、2010年8月に完成した。

↓ 在りし日の余部鉄橋(明治45年1月完成)

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↓ 今のコンクリート橋(平成22年8月完成)

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鉄橋ができ、山陰本線が全線開通した当時、余部に駅はなく、通勤・通学する人達は約1.8Km離れた隣の鎧駅まで、列車通過の合間を縫って鉄橋を歩いて渡っていたとか。

昭和34年、住民の強い要望により餘部駅が完成、「空の駅」の名で親しまれている。

一度行ってみる価値あり。

山陰海岸の風景あれこれ

休暇村の散歩コースを浜辺まで辿ると、竹野海岸の展望スポットがいくつかある。

↓ 大浦湾

大浦湾は、山陰海岸国立公園に6ヶ所ある海中公園地区のひとつで、ホンダワラ等の海藻により海中林が形成され、多くの魚の棲みかや産卵場所となり、豊かな海中生態系を形成している。

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↓ 小浦の展望

小浦は水深が浅く、様々な海藻が茂り、美しい海中景観が見られ、ヨロイイソギンチャクやアカテガニなど多くの生き物が生息している。

小浦を取り巻く崖地の右側と左側では地質が違い、左側の濃灰色でごつごつした崖地の岩石は火山活動で生じた火砕岩、右側は海に貯まった玉石や砂が固まった礫岩とか。

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↓ 庵蛇浜(アンジャハマ)

散歩コースの終点がこの浜、猫崎半島がすぐ目の前に見える。

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↓ 庵蛇浜の海蝕洞

海蝕洞とは崖の断層や割れ目など比較的弱い部分が波に浸食され貫通した洞窟。

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休暇村から鳥取県の方へ海岸沿いを走る。

↓ 淀の洞門

洞門は幅24m、奥行き約40m、高さ13.8m、断層に沿って岩が侵食されてできたもの。昔、淀の大魔王という鬼がいたとの伝説が残っている。

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↓ 千畳敷 

波によって削られた凝灰岩の波食棚で、広々とした岩場が見られる事から「千畳敷」と呼ばれている。

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↓ 大引の鼻 展望台

香住湾の東端に位置するこの展望台から、但馬海岸の眺望が広がる。日本の夕日百選にも選ばれた場所。

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↓ 但馬松島~三田浜海岸

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↓ 右手に弁天島、但馬松島を見ながら海岸線を行くと三田浜に至る。

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↓ 千貫松島

ここへも行きたかったが、少々遠くて断念、看板より。

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自然アート

自然界にはアートだらけ。但馬海岸で見つけた自然アートをご紹介。

↓ はさかり岩(天然記念物)

但馬海岸は日本海沿岸の波蝕海岸風景を代表する景勝地。その地質は新第三紀中世(約2,300万年~500万年前)の北但層群と鮮新世(約500万年~200万年前)の照来層群の岩石が中心である。

この「はさかり岩」は北但層群辻礫岩層に相当し、火山砕屑物が土砂と混じり、礫を取り込んで堆積した凝灰角礫岩で、下の部分では直径が1メートル以上の礫も含まれている。

この堆積層は、その後の地殻変動で断層により破砕され、日本海の荒波で侵食され、上から落下した岩塊が、丁度カニのハサミに挟まれたような奇勝となった。

「はさかる」とはこの地方の方言で「はさまる」の意。

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↓ かえる島

安山岩が侵食されてできたカエルに似た島。

昔、北前船で航海に出た男達が無事にこの地に帰る(カエル)事を祈願したと言われている。

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がま蛙かな?

キューピー半島

兵庫県最北端にある猫崎半島は、南北3つのコブからなり、その姿が猫のうづくまった姿に似ていることから命名されたと言う。

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違う方角から見るとキューピさんが仰向けに寝ている姿に見える。

それで「キューピー半島」とも言われているんだとか。

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↑ 言われてみれば確かに、キューピーの顔とおなかに見える。

仏さまが仰向けに寝ているようにも見える。

キューピーに見えるとか言われなければ、見過ごしてしまう。

春夏冬二升五合

出石に来たら、出石名物・皿そばを食べぬわけにはいかぬ。

そば屋はそこらいじゅうにあって、旅人はどこが旨い店だろうかと迷う。

香川のうどん屋と同じで、地元の人ならあそこが一番の店があるだろうが、聞けそうな地元民は見当たらない。

無難なのは、混んでそうな店に入ること、うどん屋でも同じ。

お皿は5枚が標準、追加一枚120円也。

そばに”こし”がある?と言うのも変だが、なかなかの歯ごたえのあるそばだった。

追加は2枚だけ。

お店にあった看板、「春夏冬二升五合」とある。 

左半分の「うなぎ昇り」はすぐ分かる、右半分は??????

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”春夏冬”は分かった、秋がないから「アキナイ=商い」。

”二升五合”は分からない、店の女の子に聞いたら、「知りません」・・・と申し訳なさそうな答え。

それで、お勘定場で同じ事を聞く。さすがしっかり答えてくれた。

"二升”は一升枡がふたつだから「マスマス=益々」、五合は半升(ハンショウ)だから「繁盛」。

従って「商い益々繁盛 うなぎ昇り」となる。 こんな洒落、誰が考える? 昔からありそうではある。

出石皿蕎麦由来

出石を代表する味覚”手打皿蕎麦”は、宝永三年(1706年)信州上田より国替えになった仙石氏により伝来したと言われている。

従来のそばに信州の手法を加え、出石焼きの小皿に盛って食すという特色のある様式が生まれた

挽きたて・打ちたて・茹がきたての「三たて」製法。

今では50軒ものそば屋が並ぶと言う。

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↑ そばを食べたらお皿に書いてある一口言葉がまた味わい深い。

第1回健康を求めて in 坂出市民ホール

NPO法人健康を考えるつどい主催の講演会のご案内。

まだ少し早いですが、坂出市で第1回目の健康を求めて の講演会をする事が決まった。

今まで12回も宇多津でやってきた実績のある講演会を、坂出で是非やってくれとの市からの要望に応えた。

■ 日 時:平成25年11月2日(土)13:00~ 受付:11:00~

■ 場 所:坂出市民ホール

■演 題:

① 13:20~「食育のススメ」香川短期大学名誉学長 北川 博敏先生

②15:00~「坂出発祥!驚異の健康体操-自彊術-」佐野 典子先生

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食育のススメ 

平成25年11月2日(土)に開催予定の第1回健康を求めて in 坂出市民ホールで講演される「食育のススメ」について、講師の北川先生が書かれた紹介文です。 

1.血液検査の結果によると、香川県の子どもたちの3割近くが生活習慣病または予備軍です。この子ども達は勉強も運動もできませんし、次第に動脈硬化が進み、30-40歳代の働き盛りで脳卒中・心筋梗塞などで倒れる可能性が非常に高く、一家は悲惨です。お母さんはご両親の介護を覚悟されていると思いますが、子どもの介護をしなければならなくなります。その対策についてお話しいたします。

2.香川県民は10万人当たりの糖尿病患者数が全国一多く、成人男性の43%、成人女性の19%が糖尿病です。60歳以上の男性は半数が糖尿病です。糖尿病が怖いのは老化を促進するだけでなく、認知症になり易いことです。糖尿病の原因は食物にあります。糖尿病にならない食生活・糖尿病を悪化させない食生活についてお話し致します。

3.高齢者の女性が怖ろしいのは骨そしょう症です。女性では65歳以上、男性では80歳以上の半数、全国で1,800万人が骨粗しょう症で、これが原因で15万人が大腿骨を折って寝たきりになっています。また、胸骨や腰骨の圧迫骨折で背中や腰が曲がるようになります。この対策についてもお話しいたします。

八幡神社 in 直島

古くから、人が住み集落が形成するところには、必ず神が祭られた。

讃岐国直島村郷社八幡神社社記によれば、

応神天皇2年、妃の吉備の御友別の妹「兄媛」が郷里へ帰ったあとを慕われ、難波の津から船出して瀬戸内を巡幸し、小豆島を経て吉備の葦守宮に向かわれた天皇が、風待ちのため3月29日直島の西の浦に着かれた。

この時、天皇が船から岸にあがられ、浜辺の岩上に鎮座(御座りになった)されたので、この岩を「応神天皇腰掛岩」と呼び、(今も住吉神社境内にあります)島人は高田の浦、東の丘に御仮屋を建てて食事を差しあげて礼拝した。

ここで四日間お過ごしになり舟舵をつけ、翌日4月3日、順風を得て船出された時、直島の人々は吉備への海路の案内をつとめました。

その後42年が過ぎ、辛未の年、4月3日に誉田別尊〔ほんだわけのみこと〕(応神天皇)を勧請する為新御殿を造り八幡大神とし、この島の産土の大神として奉祭しました。

↓ 鳥居をくぐり石段を上ると、

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↓ 神門が見えてきた。

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↓ 門をくぐり、更に進むとまた鳥居が。

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↓ 鳥居を境に逆くの字となった階段下から本殿がのぞく。

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↓ 本殿

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