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2014年2月27日、
予算委員会の集中審議で香川県選出の民主党衆議院議員の玉木雄一郎氏が質問に立った。
香川短期大学名誉学長・北川博敏先生が長年訴えてきた、子供の頃から成人病予防のための血液検査を全国展開すべきの持論を、玉木議員が取り上げたものだ。
以下、玉木氏のHPより引用。
質疑のうち、「子どもの血液検査の全国展開」に関するやり取りの概要を以下にまとめました。安倍総理からは予想以上に前向きな答弁をいただきました。
↓ 質問時に使った掲示板に、NPO法人健康を考えるつどいが出版した北川博敏著「かがわ
食育考」が出典として紹介されていた。
まず、質問の冒頭、将来を担う子どもたちの食が乱れており、健康にも悪影響が出ているのではないかと懸念を表明。
その上で、1987年から始まった三木中学校における子どもの血液検査を紹介。
もともとは、校医だった松原奎一先生が自費で始めたものが少しずつ広がり、今では、県内の小中学生3万6千人分のデータが蓄積されており、そのデータを見ると、生徒の19.5%が高脂血症、6.7%が肝機能異常であることが分かる。
もし何の手当もしないまま彼らを放置すると、大人になって脳卒中や心筋梗塞になるおそれがある。まさに、生活習慣病予備軍だ。
また肝機能に異常を持っていると、疲れやすくて集中できない、だから勉強だとか運動とかに一生懸命頑張れないし、いらいらをして切れやすくなるともいわれている。
そこで、昨年度平成24年度から香川県が1200万円の予算を付けて、全県下の小学校で血液検査による健康診断を実施することになったが、
こうした香川県の取組みを全国展開すべきではないかと総理に質問。
この問に対して総理は以下のように答弁。
「香川県においては、県の事業として、小学校4年生を対象にし血液検査を実施するなど、意欲的な取り組みを進めておられると承知している。生活習慣病予防のため、子どもの頃から健康づくりに取り組んでいくことは重要だ。そうした中において、今後、子どもたちの実態はどうかということを見ていくことも大切。厚生労働省において、どのような効果的な方法があるかについて、有識者の議論をよく見守ってまいりたい。香川県でやっている取り組みの成果等もしっかりと検証しながら、その上において、全国に広げていくべきかどうかということについても研究していきたい、検討していきたいと考えている。」
このように、香川県の取組みについて高い評価をいただくとともに、全国展開についても前向きな方向性を示してもらったと考える。
今回の総理答弁も踏まえ、今後、各省の垣根を越えて実現に向けた取り組みが進展することを期待するとともに、私自身、引き続きフォローしていきたい。
食と農は、政治家としてのライフワークの一つにしていくつもりだ。
以上
自彊術を始めてもうすぐ2年になります。この体操は、身体のすみずみまで、くまなく動かすので、終わった後は身体がとても軽く感じられ、不思議と気持ちがポジティブになります。
毎日朝食前に体操をするのが日課となりました。
そして、朝夕2回行うようになってから、少しずつ身体に変化が見えはじめました。
膝痛の改善、むくみ解消、また身体が引き締まり、この体操の効果だと、実感しています。
また、昨年初伝を頂きました。ゆくゆくは指導者資格を取得したいと目標を持っています。
限りある人生、自彊術で心身ともに健康な毎日を送りたいと思います。
宮崎
自彊術を受講して思う事
私は学生時代、運動が苦手で体を動かすのがあまり好きではなかったので、体は柔軟ではありませんが、自彊術をすることでストレス解消や元気が出てくるような気がします。
また、足もみや顔こすりは手軽にできるのでおすすめしたいです。
これからも根気強く続けていけたらなと思います。
(高松教室受講生)
健康への道しるべ友の会・増田 桂子氏が発行する新聞。
平成26年1月31日発行
編集者・桂子氏のエッセイをご紹介。
”人生、いつだってこれから”
「何のために、勉強をするんだろう、化学記号や、√ の計算方式や基礎英語を覚えても、本当に社会に役立つのだろうか?」学校ではそんな疑問を持ちながら勉強してきた気がする。ひたすら暗記した内容も、成人してからあまり役立つことはなかった。むしろ学んだことのほとんどを忘れている。
でも60歳過ぎて、やっと「勉強する」楽しさが分かりかけてきた。学ぶということは、新しい自分を発見すること、まだまだ知らない自分がいる、それを掘り起こして、別の自分に出会ったとき「生きる」喜びを感じます。
興味を持ち、さらに極めたいと目標を掲げてゆくと、知識を習得することに加えて「自分もできるんだ」という可能性を見出せる。
次から次へと、学生時代に学んだことが甦ってくるから不思議だ。子供の頃の勉強とは、いつか大人になって「夢の実現」への可能性を高めてくれるのかも知れない。
「今を生きる」80歳、90歳代の方々の記事に出会うとワクワクします。孫より若い教師を「先生」と慕い、部活や勉学に励んでいる「83歳の女子高生球児」の上中別所チエさん、また88歳の時の病気で気力をなくし、90歳で再び目覚め、ミシンで袋物を製作する男性の記事(静岡新聞「読者の声」お孫さんの投稿)、最近話題になった柴田トヨさんは100歳で詩集を出し、映画化もされた。トヨさんのこの言葉に希望とファイトがわいてくる。
「人生、いつだってこれから。朝は必ずやってくる」
素晴らしい!
自彊術体操で健康に!
坂出市江尻町の「健康会館」で月二回、自彊術体操に通っています。講師は「佐野典子」先生で、倉敷からわざわぎ坂出まで通って来られています。「彊」の字は「強」の字と同じ意味で、自身の身体を強くする体操のようです。加齢で弱っていく筋カアップにつながります。また日常生活で、知らず知らずに悪くなっている姿勢が矯正され、骨や内臓にとてもいい働きがあると思います。一番いいことは、呼吸法ではないでしょうか。あまり運動などしていないので、普段浅い呼吸しかしていないことに気づかされます。それが自彊術をすると、大切な肺機能が高まり、身体に自信がついてきます。結構きつい運動も後半ありますが、無理なことをしないでいい、というのもこの自彊術の良いところではないしょうか。
いつまで続くかと、半信半疑で始めましたが、毎回楽しく参加でき、気が付くともう三年近くなります。佐野先生の熱心な指導によるものでしょう。この間、仲間もどんどん増えてきました。市民ホールで、実践をして見せた後など、是非やってみたいと参加してくる人など、うれしいかぎりです。
月二回でなくて、家で朝夕二回実践するよう指導されていますが、なかなかできないので、端折ってやっています。
自彊術が坂出の地で発祥してからもう問もなく100年を迎えるそうです。その頃までに当地で100人の会員を目指しているそうです。多くの参加者を待っています。
みよし やすお
「スクールの声」と題して健康会館でやっている各教室の生徒さんから寄せられた声を、ブログで紹介していきます。
今日は佐野先生が指導されている自彊術教室の生徒、山本さんの声です。
”毎日、元気に楽しそうに体操をしている私を見て、皮膚の疾患を患っていた主人は、定年退職を機に〝体操をしてみようか〝と始めました。
それから一年が過ぎ朝夕の体操が日課となりました。疾患も完治とはなりませんがだいぶ良くなっています。
主人だけではなく、自分のまわりの人達を自彊術で少しでも元気になってもらえたらと指導者を目指すことにしました。”
山本 徳恵
NPO法人健康を考えるつどいの坂出健康会館に観音様がおわします。
2009年に縁あって授かった六時観音様です。
六時とは、一日を六つ(農朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜)に分けることをいい、古くインド以来、この六時に勤行が行われました。
六時観音という名は、四六時中、つねに衆生を哀れみ慈しんで守護してくれる意味です。
開眼法要以降、毎年恒例になった法要を2014年2月8日(土)に行った。
↓ 法要の様子
その後、「観音様フロントコンサート」と題してオカリナとフルートの演奏会を行った。
↓ オカリナ演奏・・・健康会館のスクールでオカリナを習われている皆さま
↓ フルート・佐藤 智子氏、ピアノ・佐藤 桂子氏
二人目の孫が生まれたので、岡山の娘宅で、今おさんどんをやっている。
空いた時間に銭湯に行きたくなり、近くに風呂はないかとネットで捜す。
と、車で5分くらいの所に白雲閣健康村と言う風呂を見つけた。
早速出かける。
15:00と20:30に男湯と女湯の入れ替えがあり、それぞれ違うお風呂が楽しめるそうな。
台湾大岩風呂と渓流の湯、前者は台湾から取り寄せた大岩でできた風呂、後者は露天風呂有り,サウナ有り,泡ぶろ有りのまぁ普通のお風呂。
20時ちょっと前に入館、渓流の湯に入る。
昼の料金は15時30分までが大人ひとり1,580円、それ以降は740円と半額以下になる。
と言うのも、昼間は大衆演劇が舞台で繰り広げられるからだ。
2月公演は劇団昴星による舞台ショーがある。
宇多津健康ランドにもある、あの大衆演劇と同じものだ。
この演劇、結構人気があって、人寄せパンダになっているとか。
前日は香川県には珍しく積もるほどの雪が降った。
会場へ着くとごらんの雪景色。
路面が凍結して今日は中止になるだろうと思っていた。
が、朝方曇っていた空に陽がさしはじめ、10時のスタート頃にはすっかりとけた。
今年は節目の第20回大会、連続20回出場の表彰をしてくれた。
連続20回は17人、舞台のすぐ前に座らされ一人づつ縁台に上って表彰してくれるのかと思いきや、表彰は代表者のみ。
↓ 表彰状
記念品は「さかいでブランド」の詰合せだった。なかなか気の利いた贈り物だ。
5Kmを40分かけて無事完走した。生きている限り連続出場をのばしたいと思った事だ。
↓ 県内在住の外国人によるお国料理の屋台
↓ おなじみ、さかいでブランド各社の出店
2月9日(日)天狗マラソン大会が行われた。
今年で20回目の節目の大会となる。
私も毎回エントリーしているが、今回は申し込みが遅れ、予定人数に達したので〆切との事。
まぁ仕方ないか!と諦めていたら、坂出市役所から電話がかかってきた。
前田さんは今回で20回連続出場となるので、エントリーしませんか・・・と。
そうか、私は第1回から出場しているんだ・・・と始めて認識。
昨年、高知の安芸マラソン大会でも連続20回の表彰をしてくれた。
天狗も20回か!・・・と感慨深いものがある。
マラソン大会の開会式で表彰してくれた。うれしかった。良く20年も・・・と思う。
第1回から17回まで15Kmにエントリー、その後5Kmに距離ダウンした。
昨年、心臓の手術をして、まだ連続では走れない。歩いたり走ったりで何とか5Km完走。
良かった!良かった!
信州大学名誉教授 山田 一 先生 ご創刊によるDIC研究所通信は、先生が昨年9月80歳でご逝去に伴い、最終号を迎えた。
先生には柿茶本舗の創業50周年記念講演会の講師で坂出にも来て頂いた事がある。
その時の手記を、当法人の井上理事長が最終号に投稿している。
↓ 井上理事長 投稿手記
山田 一 先生を偲ぶ
1.山田一先生との出会い
私が山田先生に初めてお会いしたのは、平成10年(1998)年11月18日信州大学工学部で、西式健康法での健康づくりを普及されていた故渡辺医院・院長 渡辺正先生の講演会の時である。
渡辺先生が、信州大学工学部の山田先生から学生向けに健康づくりの講演を依頼されたので、井上君一緒に行かないかと誘われ、先生と長野市にある信州大学工学部まで同行した。
山田先生がわざわざ駅まで出迎えてくれ、研究室に案内された。
2.山田先生の研究室
研究室では、人工心臓を使った人形を見せて頂いた。人形は透明のプラスチックで作られ、その心臓にはリニアモ-タ-で造られた人工心臓が埋め込まれていた。また研究室のドア-は、リニアモタ-で試作された自動ドア-であった。
講演会は工学部の教室で行われ、山田先生が自分の腎臓病は渡辺医院で回復し、その後毎年夏休み中には渡辺医院で養生していると挨拶された。
講演後の懇親会では、渡辺先生を囲み山田先生や研究室の学生も一緒に、美酒に浸りました。その時の山田先生のバンカラ振りは、私には経験したことのないもので驚きました。
3.山田先生を弊社創業50周年記念 講演会の講師に招く
平成11年5月15日、弊社の柿の葉茶「柿茶」づくり創業50周年講演会に先生を講師としてお招きした。長野から四国は遠く、それでも先生は快く講師を引き受けてくれました。
ご講演の演題は、「健康共同体としての渡辺医院」でした。「わしは不良の入院生で、たばこは吸うし色々あったが渡辺先生には公認済みであった」と、大変機微に富んだお話で、開場を沸かせてくれました。
4.リニアモ-タ-
先生の講演中に会場のスピ-カ-にノイズが度々入り、聞き取れないことからホテルの担当にクレ-ムを付けられましたが、そのノイズ音は講演終了まで直りませんでした。
先生は、この講演に市販されているリニアモ-タ-が内臓された髭剃りを持参されていて、これにリニアモ-タ-が使われている事を丁寧に説明されていました。
講演が終わってからも、先生はスピ-カから出るノイズのことが気になっていたらしく、ホテルの支配人を呼び付け注意されましたが、どうもノイズはその髭剃りの磁石が原因ではないかとの意見が周囲のスタッフから出て、一件落着。
3. 謝礼は飲み代に消える
講演会後、懇親会があってその後の二次会は丸亀市内のクラブに行き、いい気分でお酒に浸りました。私は、翌日の行事を控えていることから、23時頃ホにテルに帰りました。先生が翌日の午前中に長野に帰られると言うので、講演の謝礼を届けたところ、先生はベットの上でワイシャツのまま、豪快な姿で寝ておられました。先生、何時頃お帰りになりましたかと聞くと、午前4時頃との事。持って行った薄謝は飲み代に消えたと・・・。
4.DIC通信
講演会後、先生からお手紙で井上君、柿の葉茶「柿茶」で博士号を取らないかとのお誘いをもらいましたが、その時間もなく丁重にお断りしました。そんな時DIC研究所の機関誌が送られてきて、私も皆さんのお仲間入りをしました。先生から原稿が欲しいとの依頼も時々あり、駄文をその都度お送りしました。
5.お送りした原稿は、書き方の指導を受ける
山田先生にお送りした原稿は、メ-ルで細かな校正を受けることが度々ありました。先生の文章の書き方は本当に参考になり、大いに勉強になりました。 ある夏、四国で学会があり先生は、水野先生と工場に立ち寄られたので、温冷浴を準備し入浴して頂きました。
6.健康会館での養生
弊社では、健康づくりの拠点として2006年春 坂出に健康会館を建設しました。その7月に先生が健康会館に来られ、初めての入寮者となりました。家内と二人で先生の養生をお手伝いすることが出来、その時の記事が、DIC通信VOL8,NO,4にも掲載されました。
7.山田先生との最後の面会
先生が信州大学を退官された後も、先生には晩年までご指導頂くばかりの16年間でした。
一昨年の7月18日、DIC研究所に会社職員と訪問した時、話題のひとつに先生が信州大学の学長を裁判で訴えているとの話しをされました。如何にも先生らしく、日頃の正義感が飛び出したものと思いました。
先生の部屋で写真を撮り、朝食を食べていないので一緒に行こうとのお誘いに近くの喫茶室へ行き、お茶を飲みながら一時間ばかり色々なお話をしました。その訪問が先生との最後になりました。
豪快で、繊細で学生をこよなく愛した山田先生。戦前の教育を受け、今では大変珍しい個性丸出しの先生でした。
私の仕事についても、色々丁寧にご指導を頂きました。
先生のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
2013年10月16日
有限会社 生化学研究所 代表取締役 井上 信幸
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