Jou光

  • 親父
    彼は子供の時から絵が上手いと、親の欲目で思っている。目の前でさらさら描かれると、ついつい感嘆してしまう。世の中いっぱい絵の上手い人はいるが、この道で飯が食えるのはスポーツ選手と同じで極一部。でもとにかく趣味でも良いから絵を描くことは続けて欲しいと願っている。

春爛漫

  • ぼけの花
    柿茶の里は徳島県美馬郡つるぎ町に位置する。柿の葉の生産農家へ毎年春と秋に行く。春はことさら美しい。桜が咲き乱れ山の木々が新緑に包まれる。澄んだ青空に身も心も洗われる気がする。

アユタヤ遺跡

  • Pict0266
    1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められています。 寺院ではありますが僧は居住せず、王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていました。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、壊されてしまいました。

暁の寺院 タイ

  • Pict0350
    トンブリ王朝時代の守護寺で最高位の寺院とか。きらきらと輝く陶器の破片に覆われた高さ約79mの大仏塔は、ラマ3世により5年がかりで改装された。朝日を浴びた大仏塔の神々しい姿が”暁の寺”の名前の由来。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

  • Pict0201
    セイロンへの留学から戻ってきた僧侶のために、1357年初代王ウー・トーンが建立しました。仏教寺院は瞑想の場として使用されていました。現在も多くの仏教徒が訪れ、週末は観光客でにぎわいます。

水上マーケット

  • Pict0116
    ダムナン・サダックの水上マーケット。その昔、”東洋のベニス”と言われたバンコクでは、日常的商取引には運河が利用されてきた。水上マーケットは、古き良き時代の情緒溢れるバンコクの生活を体感させてくれる。 

2008年7月 タイ王宮

  • Pict0429
    白壁に囲まれた20万㎡の敷地内には、1782年に建設された国王の宮殿、即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド仏寺院などチャクリー王朝歴代の王により建造・改築された建物が建ち並んでおり、ラマ8世までは実際にここに住まわてていたとか。

涅槃寺

  • Pict0386
    タイ語で Wat Pho(ワット・ポー)と呼ぶこの寺は、ラマ1世が建立したバンコク最大の境内を持ち、バンコク最古の歴史を持つ寺院。本堂には写真のようなリクライニング・ブッダの愛称で親しまれている寝釈迦仏が横たわる。足の裏には螺細細工でバラモン教における108の宇宙観が表現されていると言う。

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金魚

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2014年10月

パチンコの景品

りブレの斉藤さんから写真付きのこんなメールが届いた。

先日、自宅近所のパチンコ店(オオタ北山田)でこんな光景に出くわしました。

なんと、柿茶®の試飲サ-ビスと柿茶®を景品としての斡旋です。

オオタは全国展開のチェ-ン店ですが、聞くところによるとこの店だけの秋の企画だそうです。 

↓ 試飲サービス

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↓ 景品として32袋入りティバッグ1箱を、

4円パチンコで玉550個、1円パチンコで2,200個、20円スロットで110枚で交換とのポップも用意されている。

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こんな企画、柿茶®の当事者は言うに及ばず社内の誰も知らなかった。

一体誰が、どんな動機で、こんなイベントをしてくれたのだろうか?

早速、現地に調査に行くよう頼んだ。

このパチンコ店のトップの誰かが、柿茶®を愛飲していて善意でやってくれているのか、または柿茶®の問屋さんが、パチンコ店に頼み込んでやっているのか?

問屋さんだと、こちらに連絡がある筈だから、勝手に善意でやってくれているとしか思えない。

世の中には不思議なことが起こるものだ。

万座毛

万座毛は沖縄を代表する絶景の観光スポットで、夕日がきれいだそうです。

万座毛から見える奇岩の数々。

勝手に名前を付けた。

↓象の鼻岬

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↓ イグアナ

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↓頭岩

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↓ 万座毛の遊歩道

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万座毛は、琉球王朝の尚敬王が、一人がれるほどの広いっぱと評した事に由来する。

”毛”は原っぱのことらしい。

美ら海水族館

巨大なジンベイザメのオブジェが出迎えてくれた。

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館内の1階から3階まで貫く深さ10m、水量7,500㎥の水槽は「黒潮の海」と名付けられ、一枚のアクリルパネルとしては世界最大。

そこに巨大なジンベイザメがゆうゆうと泳ぐ。

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ジンベエザメはその大きさゆえに複数飼育は困難とされてきたが、この水族館では世界最大級の水槽により、世界で初めて繁殖を目指した複数飼育を実現した・・・とある。

未だ謎が多いジンベイザメの生態解明に挑むビッグなプロジェクト・・・。

↓ダイオウイカ 深海域に棲息する最大のイカ

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↑ 生きた状態で捕獲された世界でも極めて珍しい個体

↓ メガマウスザメ

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↓ 3階より入り出口は1階、見上げると

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美ら海水族館をメインとする海洋博公園には、おきなわ郷土村や熱帯ドリームセンターなど、見たいところがいっぱい。

もう一度来たいものだ。

由比正雪

旧東海道沿いに由比正雪の生家がある。

↓ 屋号「正雪紺屋」

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表に蔀戸(シトミド)を残すこの紺屋(染物屋)は、江戸時代初期より四百年近く続くといわれ、屋内には土間に埋められた藍瓶等の染物用具や、天井に吊られた用心籠は火事等の時に貴重品を運び出すもので、昔の紺屋の様子を偲ぶことができる。

慶安事件で有名な由比正雪は、この紺屋の生まれといわれているところから、正雪紺屋の屋号がつけられている。

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広重美術館

東海道広重美術館へ連れて行ってくれた。由比本陣公園の中にある。

↓ 入館券の風景が今は写真のごとし。

東海道五十三次の中で広重版画と同じ構図が望めるのは、由比の薩埵峠だけと散策マップにあった。

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↑  平成26年9月で美術館の開館20周年を迎えたらしく、園内では記念行事が行われていた。

後日、増田さんから浮世絵切手を頂いた。

へぇ~ご当地がら、こんな切手があるんだ。

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ユネスコ講演会

日本ユネスコ協会連盟アフガニスタン事務局長のアレフ・ハシミ氏とカンボジア事務局長のノン・ブッタ氏が、現地で展開する寺小屋運動の現状を話してくれた。

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どちらの国も寺小屋運動によって識字率が格段に良くなったとの報告があった。

ノーベル平和賞を受賞したマララさんは、女性に教育を!の活動と聞くが、ユネスコが行う寺小屋運動は「すべての人に教育を」を目標に掲げ、いろいろな目的に活用できる寺小屋を、村での基礎教育の機会を提供する場として設置している。

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ちなみに、丸亀ユネスコ協会では、世界寺小屋運動として次のような募金を行い、寄付をしている。

1、丸亀お城祭り、チャリティーバザーの収益を募金

2、書き損じハガキの収集・換金・募金

皆さま、ご協力下さい。

大江戸玉すだれ

四国新聞 オアシス Vol.796(2014年10月10日号。

充実した時間を楽しむ 大人の 趣味・習い事 の記事

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表紙をめくると、身近な先生の顔が掲載されていた。

佐野 典子先生、NPO法人健康を考えるつどいの健康教室で自彊術を教えてくれる先生。

この先生、なんでもござれのマルチ人間、自彊術の指導資格の他、大江戸玉すだれの師範格も持っている。

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NPOの健康講演会でも、玉すだれを披露して頂いた事がある。

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とにかくすごい先生だ。尊敬している。

ふれあい市場 一周年記念コンサート

丸亀市と坂出市の魚市場を統合してできた「海の幸 ふれあい市場」の一周年記念行事が、10月5日に行われた。

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折りしも台風18号が接近中。 良く良くついていない。

最初の計画は、8月9日の坂出まつり花火大会に合わせて行う筈だった。

この日も台風11号の接近で、中止となった。

今回はかろうじて開催はできた、できたものの集客はイマイチ。

さかいでブランドのPRも兼ねて出店要請したものの、4社しかエントリーがなかった。

寂しい限りだ。

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↓ 魚セリが行われる場所でのコンサート、観客もまばら。

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午後からは雨もパラツキ出して、早々店じまい。

廣瀬神社

江尻保育所の近くにある神社。

最近、自宅の西大浜から江尻の会社まで歩く事が多い。

真直ぐ行くと、せいぜい3,000歩くらいなので、距離をかせぐためうろうろ遠回りをしている。

そんな遠回りで見つけた神社。

会社のすぐ近くにこんな神社があるとは知らなんだ。

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牛王神社の秋祭り

2014年10月19日(日)徳島新聞の記事 「牛王神社の秋祭り」

10月11日、徳島新聞社が祭りの取材に来た。

こんな限界集落の祭りが今日ある事を良く分かったな~と感心していたら、実は地元の田村さんが新聞社に連絡していた。

祭りのメイン・みこし担ぎは、地元の人じゃなく、ほとんど助っ人がやっている・・・との情報を。

ニュース性があると思ったのか、取材に来てくれた。

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つるぎ町半田は、香川県坂出にある『柿茶®』の葉っぱの生産地。

無農薬で化学肥料も使わず栽培している。それが柿茶®の”売り”でもある。

そんな生産地は過疎化が進み、今や限界集落。牛王神社の氏子は9世帯しかない。

だから祭りのおみこしや獅子は担ぎ手、使い手がいない。

坂出からの助っ人部隊の始まりは、氏子のひとりで柿の葉農家の森さんから、祭りの招待があったのがきっかけ。

招待されたものの、はじめは、神社でのお祭り儀式に参加しただけだった。

年々坂出からの参加者が増え、おみこしをお旅所まで担げる数になった。

それ以降、毎年、おみこしは助っ人部隊にお任せあれ!になった。

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↓お旅所 神社から約500m

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私は写真係りに徹した。で、肩こりもなし。

高齢者講習

「運転免許証の更新時の年齢が70歳から74歳まで人は、更新手続前に高齢者講習等を受講してください。」

との通知が半年前に来た。私は今年12月で、70歳になる。

指定の自動車教習場で高齢者講習を受講してから、免許センターに来てくださいとの事。

6ヶ月も前だから余裕しゃくしゃくと思っていた。

いざもよりの、指定教習場に聞いてみると、受講チャンスは意外と少ない事が分かった。

でも何とか9月14日に坂出自動車学校で受講できた。

受講者の中に、高松から来た人がいて、なんで坂出まで?と聞いた。

高松の方が教習場も多いのにと思ったから。

すると、高松では講習をしてない所が多い上、希望者も多いので、なかなか予約が取れないと言う。

私は坂出で良かった。

さて、高齢者講習、何をするのだろう。

3つの試験があった。

まず筆記テスト、名前・生年月日・何歳を書く、次に今日は何年何月何日、何時頃ですかの質問。

難しいのは記憶力テスト、4枚のパネルに4つの絵が画いてある。

絵を見せた後、それをすぐ思い出せというならまだましだが、違う質問があって、その後何が画いてあったか思い出せという。

私は10しか思い出せなかった。まぁ~いいか。

次は液晶画面で模擬運転テスト。

左から子供が出てたらブレーキ、右から大人が出てきたらアクセルを離す、オートバイが反対車線から走って来たらそのまま、と言う試験。

3つ目は、教習場のコースで実運転する。

試験結果の説明があった。でも何とか講習修了証明書はくれた。

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高齢者運転者標識とは、道路交通法に基づく標識の一つ。

オリジナルの標識は、枯葉マークと言われ不評、それでシルバーのSを基調に四葉のクローバーをイメージしたデザインになった。

70歳以上の運転者が自動車にその標識を貼る。でも、強制ではないらしい。

坂出自動車学校でこの標識を500円で売っているという、他より安いですよ~とも。

まだ70歳まで数ヶ月あるが、早速貼ることにした。

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このマーク、100円ショップでも売っているとアトで聞いた。

280cc 柿茶®ペットボトル

「柿茶®」の新商品。

500ccのペットボトルは2年前に売り出した。

今回、女性がハンドバックに入れ持ち歩きしやすいよう、280ccのペットボトルをつくった。

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これから冬に向かうので、ちびちび飲むにはこのボトルがお勧め。

でも暑い夏はこのサイズだと一気に飲んでしまう。 やはり夏は500ccかなぁ~。

柿茶®販売所紹介ー「まちのシューレ」

高松の丸亀商店街にあるお店。

ここにも柿茶をおいてもらっている。

三越から南に下がること6~700mくらいだろうか、左側にある。

エスカレータで2階という場所柄、分かりにくい。

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連休とあって、多くのお客で賑わっていた。

自然食品やこだわり Goods を売っている店で、スーパーやコンビニとは全く異なる品揃え。

値段は少し高め。

今は平穏な世の中、そんなこだわりを持った余裕のある人に人気だとか。

「柿茶®」も健康オタクでなければ、なかなか買ってもらえない。

歌川豊国 画

「役者舞台之姿絵」シリーズの一作。

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蔦屋が写楽を売り出した寛政六(1794)年5月、芝神明前三島町の版元和泉屋市兵衛も、江戸歌舞伎三座開幕に合わせ役者絵シリーズを大々的に販売した。

歌川豊国が描いた『役者舞台之姿絵』シリーズの一枚である。

父の法要、50回忌

父は私が19歳、大学2年生時、脳卒中で亡くなった。

父が倒れたとの知らせが、下宿に届いた時の事を、いまだに良く覚えている。

丁度前期の試験の真っ最中だったから。

とにかく実家へ飛んで帰った。回生病院の一室で父は寝ていた。すでに意識はなかった。

それからわずか二日後に亡くなった。65歳だった。

息を引き取る時、私は母に頼まれて父の写真を家まで取りに行っていたから、病室にいなかった。

だから父の死に目には会えていない。

母はもうそんなに長くないと判断したのか、葬式用の写真を私に取りに行かせたのだ。

あれから50年、私はとうに父が亡くなった年齢を超えた。

回忌は”数え”でいくから本当は昨年が50回忌の法要の年。

言い訳だが昨年は心臓手術で、すっかり失念していた。

でも何とか満50年の法要を済ますことができた。

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法要の案内は兄弟だけにした。

彼岸会永代土砂加持法会

9月26日午後より丸亀市にある宝光寺で、彼岸会永代土砂加持法会が行われた。

お寺入り口の看板には「彼岸会永代土砂加持修行」と書いてある。

”土砂加持”とは何???

法要後の住職のお話しで、説明があった。

土砂加持とは土砂に力を込める事、土砂に智恵を与える事、そしてその土砂をかけると成仏できると言う。

説明を聞いても凡人には分かったようなわからないような???

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檀家の人達が大勢来ていた。

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土砂加持は先祖供養の一種で、空海が中国から持ち帰った密教だと言う。

ネットで土砂加持を調べた。曰く、

土砂を加持する法要。

これは、光明真言を108遍唱えて土砂を加持し、この土砂を屍・墓・塔その他あらゆるものの上に散ずれば、その亡者が地獄・餓鬼・畜生・修羅にあって苦しんでいても、大灌頂光明真言加持土砂の功力によって光明を得て、諸の罪報を除いて、苦身を捨てて西国極楽国土に往き、蓮華の上に化主して、菩提を成ずると言われています。

との事、加持された土砂を法要参加者にお裾分けしてくれるのかと思ったが、それはなかった。

↓ 宝光寺住職が光明真言について説明してくれた資料

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静岡浅間神社

浅間神社は数多くあるが、この神社は静岡市内にある神社。

地元の人は「おせんげんさま」と呼んでいるとか。

↓ 総門 この門の前を県道27号線が走る。

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神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の三社からなり、「静岡浅間神社」は総称。

三社はいずれも独立の神社として祭祀が行われている。

↓ 総門を入るとすぐ桜門に至る。

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静岡浅間神社七社参り、七社全てをお参りすると万願叶うと云われている。

順にお参りした。

↓ 浅間(アサマ)神社・ 神部(カンベ)神社  

浅間神社:浅間大神妹背の契り、良縁安産子授けの神

神部神社:神部大神大国主命で、宝授ける福の神

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↓ 少彦名(スクナヒコ)神社  少彦名命は医薬の神で、技芸上達知恵の神

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↓ 玉鉾(タマボコ)神社  玉鉾さまは学問の神、試験合格祈る神

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↓ 八千戈(ヤチホコ)神社  八千戈命さまは荒御霊神、人の運勢開く神

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↓大歳御祖(オオトシミオヤ)神社  大歳御祖命さまは稲荷の親で殖産興業守る神

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残りの一社・麓山(ハヤマ)神社

麓山木の神、恵みの神で、人の幸せ招く神

ここは、時間切れで、階段下からお参り。

↓ ご朱印札

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↓ 朱印帳に記帳してもらった。

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八千戈神社で絵馬の代わりにひょうたんが吊るしてあった。

どんな謂れがあるのだろう?

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歌川国芳

国芳画と書いてあるのは分かるが、絵のタイトルが不明。

「東都名* 佃※」の*,※が判明できない。

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絵の中に何かを書いた紙が舞っている、水面にも浮かんでいる、これは一体何?

"いみじくも" と ”おこがましい”

"いみじくも" と ”おこがましい”

どちらも普段はあまり使わない言葉・・・ではないかと思う。

日曜日の午後「タカジンのそこまで言って委員会」なる番組がある。

そこで、パネラーのひとりが、たびたび「いみじくも」って言うのが耳に止まった。

「いみじくも○○さんが言われたように・・・・」と。

形容詞「いみじ」の連用形に助詞「も」の付いた語で、目上の人や尊敬する人が「非常に適切な」物言いをした時に付ける文言とか。

「いみじくも校長先生はおっしゃった~」てな具合に使う。

「いみ・・・」の音色から、”忌み”を連想するのは私だけだろうか。

次は、おこがましい。

現役サラリーマン時代、上司に「そんな事、おこがましくて・・・・」と言った後、これって目上の人に失礼ではなかったのだろうか?と後悔したのを覚えている。

上司が気を悪くしてないだろうか?・・・と心配した。

そんな事をすっかり忘れていたが、”いみじくも”の言葉を聞いて「おこがましい」を思い出した。

調べると、失礼ではない事が分かった。あぁ~良かったんだ・・・と安堵。

おこがましい とは?

 さしでがましい出過ぎたこと。

自分のことにあげて,そんなことを言うとはおこがましい」

「おこがましくも口出しする」

・・・・てな具合に使う。

健康への道しるべ講演会

2014年9月12日、「健康への道しるべ 健康生活研究会」主催、「NPO法人健康を考えるつどい」共催の講演会が静岡市で行われた。

13時より主催者・増田桂子氏の開会挨拶で始まった。

↓ 最初はパソコンインストラクターの曽根 巍 氏による「77歳のときめき」。

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曽根先生、まず姿勢がいい!

失礼ながら、このお歳で ”パソコンインストラクター”をしていると言うのもすごい!

また、いまだにときめいていると言うのものもすごい!

講演を聞きながら、『青春』の詩の文言を思い出した。

・・・・・年を重ねただけで人は老いない。

理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。・・・・・・

サミエル・ウルマン作詞の歌。

マッカーサー元帥も座右の銘としていたとか。

聞き終わって、わが身を振り返り、果たして自分はときめく何かがあるだろうか?

何も無い!無い、無い。

今からでも遅くはない、ときめく何かを捜さねば!

↓ 次の講演は、医学博士・渡辺完爾先生による「薬にたよらず 糖尿病を克服!」。

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渡辺先生は、東京中野区の病院で西式健康法も取り入れた治療を行う医師。

今や糖尿病の患者数は、昭和35年(1960年)に比べ、約50倍の1,080万人にまで増え、国民病のひとつとなった。

そんな患者の治療体験に基づくお話をして頂きました。

↓ 講演会も終わり、先生方を囲んでの懇親会、記念撮影をしました。

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講演会を主催された健康への道しるべ友の会の皆さま並びにお手伝い頂いた多くの方々に感謝・感謝です。

ありがとうございました。

タイカレー

何の番組か忘れたが、タイカレーが沸騰中の話題をテレビで見た。

ゆい桜えび館に案内され、タイカレーの缶詰を見てその事を思い出した。

一度食べてみたいと思い3個一袋の缶詰を買った。

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ツナ・タイカレー(赤)、チキン・タイカレー、ツナ・タイカレー(緑)の3缶。

この缶詰メーカーは「いなば食品」と言う会社で、静岡市清水区にある事を初めて知った。

ひと缶、百円とは安すぎるではないか。 お試しあれ!

桜えびかきあげ

由比正雪で知られる由比は、桜えびも有名。

お昼ごはんに、桜えびのかきあげをご馳走してくれると言う。

東海道の宿場町と言えば、おなじみ 弥次さん喜多さん。

「いらっしゃい!いらっしゃい!」と呼び込む声が聞こえるような弥次喜多人形が我々を迎えてくれた。

お店の名前も「弥次喜多屋」。

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中に入ると有料の「おもしろ宿場館」があった。

江戸時代の庶民の暮らしぶりの一画面を切り出していて、面白い。

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↓ 桜えびのかきあげ定食

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↓ 桜えびのピザ

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とても美味、静岡に来て良かった。

興津・清見寺(セイケンジ)

講演会の翌日は静岡観光。 楽しみ、たのしみ。

3回目の静岡だが、まだまだ見るべき観光地や遺跡がいっぱい残っている。

まずは市内清水区にある清見寺へ案内された。キヨミデラではなくセイケンジと呼ぶらしい。

静岡は場所柄、家康公にかかわる遺跡が多い。ここ清見寺もそのひとつ。

↓ 総門

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ネットより引用。

この寺の歴史は古く、約1300年前の天武天皇朝の頃、朝廷の支配の及ばない東北地方の蝦夷(えみし)の侵入に備え、この地に清見関(きよみがせき)と呼ばれる関所が設けられ、その傍らに関所の鎮護(ちんご)として仏堂が建立されたことが、清見寺の始めと伝えられている。 

室町幕府を開いた足利尊氏は、深く清見寺を崇敬し、日本を代表する寺として「全国十刹(じっせつ)」に定め保護した。 

江戸時代には、徳川家康が、今川家の人質として駿府に滞在した幼少時代に、当時の清見寺住職より教育を受けたと言われている。 

現在でも、お寺の至るところに、徳川家の三葉葵の紋をみることができる。』

階段を上り、総門を入ると、JRの線路が見える。

線路が総門と山門を引き裂くように通っている、少々興ざめ。

何でこんな風に遺跡を引き裂いたのだろう? と思う。

線路の高架橋を渡ると、また階段があって山門に至る。

↓ 山門

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↓ 山門の彫り物、左甚五郎の作とガイドが言う。

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↓家康の指図により作られた、国の名勝に指定されている庭園

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↓ 本堂の左手に五百羅漢石像がある。

階段の両側にびっしり、そのまた上にも並ぶ。

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江戸時代中期に仏典の編集護持に功績のあった釈迦如来の御弟子の石像。

この羅漢尊者の群像は、島崎藤村の小説”桜の実の熟する時”にも登場するとかで、寺内の案内板に小説の一節が掲載されている。

起ったり座ったりして居る人の形は生きて物言うごとくにも見える。誰かしら知った人に逢へるといふ”とある。

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ひとつひとつ拝顔する暇はなく、先に進んだ。

五百羅漢を横目に裏山の坂道を登っていくと「琉球王子」の墓石があると言う。

沖縄へ旅したばかりで、興味をそそられたが、残念ながらお参りする時間はなかった。

その琉球王子のお墓について書かれた静岡新聞のコラムを増田さんから頂いた。

曰く、

葬られているのは江戸時代初期、琉球から将軍謁見に向かう途上、病没した琉球国の中山王尚寧の弟・具志頭王子尚宏。

後略

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↓本堂

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↓「お寺の至るところに、徳川家の三葉葵の紋をみることができる」のひとつ、框にも、のれんにも。

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もっとじっくりと境内を廻って見たかったがタイムリミットにて、おいとました。

また次回。

地球深部探査船「ちきゅう」

清見寺・潮音閣の二階から清水港に停泊中の高い櫓のある船が見えた。

石油掘削船かなぁ~と思った。

『JAMSTEC』の字が見えたのでオイルリグではなさそう。

清水港が母港なのか、たまたま寄港中なのか?

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造船に携わった身としては興味を惹かれた。

どこの造船所で建造されたのか?  川重でない事だけは分る。

調べてみた。

2005年7月完工。母港は横須賀港。

船種は「地球深部探査船」

建造は船体が三井造船玉野事業所、掘削装置が三菱重工長崎造船所。

船名は「ちきゅう」、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC ジャムステック)の所有。

世界最高の掘削能力(海底下7,000m)を持つと言う。

この船の完成によって、今まで人類が到達できなかったマントルや 巨大地震発生帯への掘削が可能になり、総合国際深海掘削計画(IODP)の主力船として、 巨大地震発生のしくみ、生命の起源、 将来の地球規模の環境変動、新しい海底資源の解明など、人類の未来を開くさまざまな成果をあげることを目指すと言う。

建造費はいくら??? 300億円くらい?

運転免許更新

今年の12月で70歳の古稀を迎える。もう古稀か!と思う。 

亡くなった父の年齢より5年も長生きした。

この節目の歳に、運転免許の更新時期が重なる。

この重なる事、すごくラッキーな事と後で分った。

優良運転者の場合(私はこれ)、

免許更新する年の、誕生日の前日における年齢が、

69歳以下だと更新後の有効期限は5年となる。

丁度70歳だと4年、71歳以上だと3年。

私は今年、免許更新する年で、誕生日の前日(12月2日)の年齢が69歳だから、更新後の有効期限は5年となる。

優良運転者でも、70から有効期間5年はなくなると聞いていたから、69歳で更新時期を迎えるのはラッキーだ。

この次は、この免許証をいつ返納するか真剣に考えなければ・・・と思っている。

トイレ改装

↓ 実妹が、最近、家のトイレを改装した。

えらくきれいになった。

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それを見て、私もその気になった。壁紙に染みが出て、きたなくなった事も後押しした。

↓ 改装のため便器を取り外し(左)、壁紙と床をやりかえた。

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↓ 改装前(左)と改装後(右) 

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改装費用は約26万円也、友人に頼んだので安くしてくれた。

ありがたい事である。

那覇の町並み

↓ 那覇の町並みは総じてこんな風景

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↓ 近代的なモノレールも走っている

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そんな近代的な町並みから一歩それると、

↓ こんなレトロな建物もある。サイパンやフィリピンでも見たような景色。

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タイムスリップしたような、懐かしい不思議な町並み。

瀬長島 龍宮社

琉球温泉 瀬長島ホテルの玄関前に、神社がある。

石碑に曰く、

瀬長島は古来より神の島と呼ばれ、龍神をはじめ神々が宿る聖地として尊崇されてきました。含

瀬長島ホテル開設にあたり、沖縄の平和と繁栄を祈念して、阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下より大龍神を勧請賜り、ゆかりの神々とともに、ここ瀬長島龍宮社に奉安させていただきました。

平成二十四年十二月十九日 ジオ沖縄株式会社

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↓ オーシャンビューの神社、ホテルの部屋からも

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ツナ缶

旅先で地元のスーパーマーケットに行くのは楽しみのひとつ。

「秘密のケンミンSHOW」と言うTV番組 で「沖縄県民はツナ缶を箱買いする!」 と聞いた。

イオン系のチェーン店、マックスバリューを見つけた。

あった! あった! ツナ缶が山ほど並んでいる。

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香川のスーパーで箱に入れたツナ缶を見たことがない。

やはり、沖縄県民はツナ缶を日常的に使うのだと思った。

箱に詰めたツナ缶を、お中元やお歳暮で贈るとも聞いた。

もうひとつ香川のスーパーにないものを見付けた。無尽のレジ。

買った品々を自分で清算して支払うシステム。私も買ったものをこの無人レジで清算した。

何でも経験、経験!

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支払いはおさいふ携帯でもできる。

しかしこの無人レジ、正確には無人じゃなかった。無人レジ専用の監視店員がひとりいて、買ったものをチェックされた。

でもこんな無人レジを稼動できるのは日本だけじゃない・・・と思う。

性善説の考えを持たなければこんなシステムは成り立たない。

おさいふ携帯

おさいふ携帯とは携帯電話やスマートホンに内蔵した電子マネーの事。

電子マネーとは、情報通信技術を活用した、企業により提供される電子決済サービスのことで、いわゆる貨幣そのものではない。

私の携帯には、Edy他いくつかの電子マネーが使えるようにしてある。

とても便利で日常的に使っている。2_2

沖縄へ行って分かった、ほとんどの店でEdyが使える。

コンビニやおみやげ店はもちろん、居酒屋でも沖縄そばの店でも、ステーキ屋の店でも。

香川県だとコンビニで使えるのが精一杯だ。

香川県の起業で大成長したスーパーマーケット”マルナカ”、

イオン系列に入った事から、 イオンが発行する電子マネー ”Waon” も使えるようになった。

ポイントも貯まり、現金での支払いが無くなって、買い物にはとても便利だ。

金銭の支払いに電子マネーが日常的に使われていると知ったのは、出張でアメリカへ行った時のこと。

同行した商社の人が、昼食や夕食後の支払いにカードを使っているのを見た。

どこの店でもカードが使える、これは便利だと思った。

当時日本ではカードはまだレアな存在だったが、やがて日本にもカード時代が来るとその時思った。

そして今、そんな時代になった。

現金を持ち歩かなくてもいい便利さを感じるのは、人によりまちまち。

私はできるだけカード払いするが、実妹は現金がいいと言う。

原点は物々交換に始まり、通貨が生まれ、カードになり、今やビットコインなる仮想通貨も出回る時代になった。

この先どんな新しい通貨が生まれるのか予想もつかないが、通貨の原点「異なる価値の物を人類共通の単位に置き換える」と言う必要性がなくなる事はない。

沖縄そば

沖縄そばと書いてある店がたくさんある。

そんな店の中から息子がスマホで選んだ店が、そば専門店 ”けんぱーのすばやー”と看板の出た店。

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一見ケバイ店。

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中は広く、お客もまぁまぁ入っていた。

券売機があり、「なんこつすば(並)640円 トロトロ軟骨」の食券を買う。

3分とたたないうちにそばが来た。

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そばは少し太め、細いうどんのようなかんじ。そばもさることながら、トロトロ軟骨が美味い。

沖縄の豚肉は良く煮込んでいて、ホント おいしい。

沖縄そばを他の店でも食べた。

美ら海水族館からの帰り、本部(モトブと読む)食堂で。

本部町は沖縄そばの有名店が数多くあるところだそうな。

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↓ もとぶ食堂の沖縄そば 

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↓ タコライスも注文

タコライスと言うから、海のタコを使う料理かと思ったら、タコスの具である挽肉・チーズ・レタス・トマトを米飯の上に載せた沖縄料理。

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皿に盛った米飯の上にタコミート、千切りのチーズ、レタス、トマトなどを順に載せ、トマトベースの赤いサルサをかけて食べるスタイルが一般的である。

↓ 海ブドウ 

沖縄へ来たらこれを喰わねば・・・。

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和名は、くびれのあるツタの意味で「クビレヅタ」であったが、今は「クビレズタ」、別名「海ぶどう」,「グリーンキャビア」と呼ばれる。

そう美味いものではないが、プチプチした食感がいい。

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