Jou光

  • 親父
    彼は子供の時から絵が上手いと、親の欲目で思っている。目の前でさらさら描かれると、ついつい感嘆してしまう。世の中いっぱい絵の上手い人はいるが、この道で飯が食えるのはスポーツ選手と同じで極一部。でもとにかく趣味でも良いから絵を描くことは続けて欲しいと願っている。

春爛漫

  • ぼけの花
    柿茶の里は徳島県美馬郡つるぎ町に位置する。柿の葉の生産農家へ毎年春と秋に行く。春はことさら美しい。桜が咲き乱れ山の木々が新緑に包まれる。澄んだ青空に身も心も洗われる気がする。

アユタヤ遺跡

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    1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められています。 寺院ではありますが僧は居住せず、王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていました。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、壊されてしまいました。

暁の寺院 タイ

  • Pict0350
    トンブリ王朝時代の守護寺で最高位の寺院とか。きらきらと輝く陶器の破片に覆われた高さ約79mの大仏塔は、ラマ3世により5年がかりで改装された。朝日を浴びた大仏塔の神々しい姿が”暁の寺”の名前の由来。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

  • Pict0201
    セイロンへの留学から戻ってきた僧侶のために、1357年初代王ウー・トーンが建立しました。仏教寺院は瞑想の場として使用されていました。現在も多くの仏教徒が訪れ、週末は観光客でにぎわいます。

水上マーケット

  • Pict0116
    ダムナン・サダックの水上マーケット。その昔、”東洋のベニス”と言われたバンコクでは、日常的商取引には運河が利用されてきた。水上マーケットは、古き良き時代の情緒溢れるバンコクの生活を体感させてくれる。 

2008年7月 タイ王宮

  • Pict0429
    白壁に囲まれた20万㎡の敷地内には、1782年に建設された国王の宮殿、即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド仏寺院などチャクリー王朝歴代の王により建造・改築された建物が建ち並んでおり、ラマ8世までは実際にここに住まわてていたとか。

涅槃寺

  • Pict0386
    タイ語で Wat Pho(ワット・ポー)と呼ぶこの寺は、ラマ1世が建立したバンコク最大の境内を持ち、バンコク最古の歴史を持つ寺院。本堂には写真のようなリクライニング・ブッダの愛称で親しまれている寝釈迦仏が横たわる。足の裏には螺細細工でバラモン教における108の宇宙観が表現されていると言う。

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金魚

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2014年11月

お別れ会  葬儀委員長 挨拶

本日、葬儀委員長と言う大役を仰せつかりました生化学研究所の前田と申します。高いところからではございますがひと言、ご挨拶申し上げます。

今日はご多忙のところ、またご遠方より、前・生化学研究所 取締役社長 兼 前・NPO法健康を考えるつどい理事長 井上信幸のお別れ会に、多数ご来臨を頂きまして誠にありがとうございました。

僭越ですが、生前、長年にわたり、故人に賜りましたご厚誼に対し、この場をお借りして深く御礼申し上げます。

社長は先月10月24日、ちょうど70歳古稀の誕生日に亡くなりました。もうかれこれひと月ほどになりますが、私はまだ、社長が入院していた坂出市立病院に行けば、いつでも会えるのではないかと錯覚する日々を送っております。社長と私は高校時代の同級生でした。お互い社会人になり、家庭を持ち、子育て中は、年賀状のやりとりや、講演会でのお手伝い、飲み会程度のお付き合いでしたが、私が定年退職してから、社長から「うちの会社が品質と環境の国際標準規格を取ったので、その手伝いをしてくれないか・・・」と声を掛けられました。それが、生化学研究所に入ったきっかけでした。私にとって、お茶を造って売る仕事は、造船所で鉄の船を造って動かしていた経験とはかけ離れたものでしたが、社長が営業で付いて来いと言う所には、北は北海道から南は鹿児島まで色々な所へ同行させてもらいました。それが嬉しく、新鮮で楽しい毎日でした。また、プライベートでは私を井上家の家族の一員のように扱ってくれました。そんな社長でもあり友人でもある彼をここに見送ることになろうとは、未だ思いもよらぬ気持でいっぱいです。同じ時代を生きた友達の死は身にこたえます。

このたび、前社長の意向を受け、長男の井上信忠が生化学研究所並びにNPO法人 健康を考えるつどいを引き継ぐことになりました。つきましては、今後とも、前社長同様、新社長にも皆様の暖かいご指導ご鞭撻を賜りますよう、またご遺族に対しても変わらぬご厚誼を賜りますよう皆様にお願いし、私の挨拶にかえたいと思います。本日は誠にありがとうございました。

2015年11月30日(日)於:坂出グランドホテル 14:00~お別れ会 葬儀委員長挨拶

 

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宇閇神社

宇閇(うのい)神社

綾歌町、レオマワールドの近くにある神社。

ホテルレオマの森で、いとこ会の昼食をし、帰る途中で見つけた神社。

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宇閇神社古墳

宇閇神社古墳は古墳時代後期(約1,500~1,400年前頃)に築造された古墳で、権力者の家族墓として使用されていたものと考えられている。

古墳は、土を盛って築かれた直径16~17m・高さ4mの円墳。

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↓ 古墳入口 

崩壊の恐れがあるので立ち入り禁止の表示あり。表示がなくても入る気にはならない。

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喪中

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手紙

前略 お手紙拝見致しました。懐かしい字を見て、懐かしい思いがしました。

蒸気機関車の車窓から見える風景がどんどん後ろに流れていくように、過去もどんどん流れて行きます。  

ディホームすみれの立ち上げから幕を下ろすまでの記憶も、風景のはるか後ろに遠のいて、明るい色の円のようにぼやけてしか見えなくなりました。  

今年10月、高校時代からの友人が他界致しました。丁度70歳・古稀の誕生日でした。二人にひとりは罹ると言われる癌でした。

「生・老・病・死」と言われるように、人間皆、老いて病気になり死んでいきます。その当たり前の流れが、世間でもう死んでもいい歳と思われていても、 身近に置き換えるとなかなか受け入れられないのも実情です。

朝目覚めると、「あぁ!今日も生きていて良かった、ありがとうございます。」と、毎日言うらしい弟の義母の心境には、人間が至らぬせいで、なかなかなれません。生きているのは当たり前・・・と思う自分がいるからです。

死ぬのは怖くない、死ぬのは怖くない・・・といくら言い聞かせても、それが納得できない自分もいます。  

かろうじて今は、健全な脳と肉体というハードを保っているから「死ぬのは怖い」と思うので、このハードが壊れたら、話は一変します。同じ時代を生きた人が皆あっちの世界へ行ってしまったら、こっちの世界でひとり生きる意味がなくなります。

何か、変な事ばかり書きましたがお許し下さい。  

ところで、中村さんの画いた絵が製本になるとか・・・楽しみです。是非一冊手にしたいものです。  

すみれの同窓会を毎年1回はやれたらいいなぁ~と思う昨今です。 寒さが厳しくなります、お体にはくれぐれもご自愛下さい。

草々

2014年11月27日

宇治神社

京都府宇治市宇治山田一が鎮座地の神社

御祭神は莵道雅郎子命(うじのわきいらつこのみこと)、第15代応神天皇の皇子。

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ここには木造の狛犬があったが、現在、歴史資料館に預けてあると言う。

木造の狛犬は現存する木造の作例中では最大級に属するといわれている。

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本殿は鎌倉時代初期の建物。

無精猫

とあるクリーニング屋さんの店頭にこんな招き猫があった。

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太陽電池がついていて、この猫、寝転がって手を振る。

こんなずぼら猫ではお客も来ないかなぁ~と、ついつい思ってしまう。

でも、こんな恰好を発想し実物化した人はすごい。

世の中、いろいろな事を考える人がたくさんいる。

私は何も考えないなぁ~・・・と反省しきり。

追伸 

この写真をFace Bookに投稿したら、ワープの平尾さんからこんなメッセージが、

ご沙汰です。

現実は厳しいってこと知らないのか、あるいは肩の力を抜いて気楽にってことでしょうね〜。

このコメント、気に入った。

世の中、気楽にね。

宇治上神社

宇治上神社の本殿は、平安時代後期に建てられた、現存する我が国最古の神社建築と言われている。

祭神は応神天皇その皇子・莵道稚郎子及び兄の仁徳天皇。

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宇治上神社は、明治維新まで隣接する宇治神社と二社一体で、それぞれ、離宮上社・離宮下社と呼ばれていたが、今は「宇治上神社」と「宇治神社」に分かれている。

この神社の祭神は宇治神社と同じ、皇子 菟道稚郎子(うじのわけいらつこ)の他、皇子の父・応神天皇と兄の仁徳天皇を祀っている。

↓ 仮本殿

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↓ 本殿は修復工事中

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↓ 境内社のひとつ、重文・春日神社

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↓ 春日神社の天井部の蟇股(かえるまた)

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蟇股とは、

和様建築で、梁や頭貫 (かしらぬき) 上にあって上の荷重を支える材。

平安時代からカエルが足を開いたような形のものができ,これを本蟇股というとか。

↓ 桐原水 「宇治七名水」中、現存する唯一の湧水

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次は宇治神社へ。

救世船乗観音

人生は長い旅路、旅といのちに想いを馳せる尊い菩薩

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船乗観音・・・と、名前だけ聞くと、えっ!船乗りさんだけ観音様? って思ってしまう。

では大工さんやその他の職業の観音様は? って思ってしまった。

でも、説明看板に曰く、

江戸時代以来、現在の鳳翔館南西角あたりに旅の安全と無事を祈願し、浄土院子院として観音堂が建立されていました。

本尊は、波型の台座に船に乗る俗に言う「船乗観音」

旅の安全を祈る旅人や家族の方、航海の無事を祈る方、人生を長い旅路として一生涯の無障を願う人々、成人式や様々の人生儀礼に際してお参りする方など、交通の要衝であった宇治の平等院の中で、大変篤い信仰を受けていました。

人生を長い航海に例えて、ひとり一人その船乗りで、航海の安全を祈る・・・と解釈する。

納得!

扇之芝

平等院の境内にある扇型をした芝生は「扇の芝」と呼ばれる。

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治承四年(1180年)5月26日、源頼政は高倉宮以仁王を奉じて平家追悼の兵を挙げた。

しかし、宇治川にて平知盛の大軍に追撃され、流れ矢に傷ついた頼政は軍扇を開き、

埋もれ木の花咲くこともなかりしに身のなる果てぞ悲しかりけり

の辞世の一首を残し、この地で自刃したと伝えられている。

明石海峡とLNG船

明石海峡を航行するLNG船と出逢った。

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LNGとは、液化天然ガスの事。

LNG船とは、マイナス163℃に冷やした液化天然ガスを運ぶ船。

日本で一番最初にこの船を建造したのは川崎重工業坂出工場、私も試運転に乗った。

遠い遠い昔の事になってしまったが・・・。

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樹齢200年

平等院内にある推定樹齢200年の藤の木

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↓ 花が咲いたらこんな感じ・・・と、ガイドさんが見せてくれた。

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↓ 宇治川しだれ桜

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↓ 花が咲いたらこんな感じ

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藤の花もしだれ桜も花のある時にまた来たいものだ。

瑞宝中綬章

NPO法人健康を考えるつどいが出版した「かがわ食育考」は、北川先生に書いて頂いた本。

その先生が文化の日に「瑞宝中綬章」を受賞された。

本当におめでとうございます。

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先生がこつこつとやってこられた成果が賞に結び付いた事を、先生のお人柄を知るひとりとして誇らしく思っている。

新聞記事にもあるように、子供たちの健康づくりに向けた「食育」に精力を注いでおり、香川県内の小学4年生を対象に血液検査の実現に尽力し、これを全国に広げようと今も活動しておられる。

ますますのご活躍を祈願してやまない。

平等院

丸亀市民学級「世界遺産ロマン」の旅に手を上げた。

宇治には行ったことがなかったから、興味津々・ルンルン気分。

出発時は小雨模様だったが、晴れ男の小久保さんのおかげで現地は晴れ。

平等院の鳳凰堂の中に入るのは、なかなか狭き門との事だが、これも小久保さんのおかげで運よく入れた。

まず平等院とは、

平安時代中期の1052年、関白・藤原頼道が父・道長の別荘「宇治院」を寺社に改め、平等院として創建、1053年阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂が建立され、その建物が現在鳳凰堂と呼ばれている。

道長以前は、源氏物語の主人公・光源氏のモデルとされる源融の別荘であったとも言われている。

一度も火災に会う事なく現在に至ると聞く。

↓ 鳳凰堂

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↓ パンフにある写真、 十円硬貨にも彫られている。

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鳳凰堂は、極楽浄土の宮殿をモデルにしたとされ、中殿・左右の翼廊・尾廊から構成されている。

翼廊は全くの飾りで、中殿からの通路はない。

↓ 写真左から翼廊(右側)、中殿、尾廊

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↓ 阿弥陀如来坐像と二重天蓋(国宝・パンフレットの写真より)

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↓ シンボルの鳳凰

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↓ 平等院 地図

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11月6日木曜日、平日だと言うのに人でいっぱい。

北海道の修学旅行生、外国からの旅行者、シニアの旅人・・・などなどでごったがえしていた。

でも来て良かった。少しは極楽に近づけたかなぁ〜。

宇治へ

丸亀市民学級「世界遺産ロマン」旅で宇治へ。

朝7時過ぎにJR宇多津駅を出発、10時半過ぎには宇治に。早い!

これも本州四国連絡橋のおかげなり。

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↓ 宇治川

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↑ 宇治川の源流は瀬田川

琵琶湖から流れ出る川はひとつしかなく、滋賀県では瀬田川、京都府に入るあたりで宇治川と名前を変える。さらに京都府と大阪府の境界付近で桂川・木津川と合流して淀川となり、大阪湾へと注ぐ。

だからこの川は、琵琶湖の唯一の自然状態での排水河川ということになる。

↓ 鵜飼も行われていて、鵜飼観覧船がずらりと並ぶ

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↓ 喜撰橋を渡り宇治川の中洲へ、「浮島十三重石塔」がでンと座っている。

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↓ 宇治で最初に紅葉すると言うイチョウの木

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↓ 中洲から今度は朝霧橋を渡って宇治神社のある対岸へ

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↓ 朝霧橋を渡るとすぐ宇治神社の鳥居が見えてきた。

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つづく。

健康への道しるべ 112号

健康への道しるべ友の会が年6回発行する機関誌・第112号。1121
9月12日、静岡で健康への道しるべ主催、NPO法人健康を考えるつどい共催の講演会が行われた。

そのあくる日、遠方の方々にと主催者の増田氏が静岡観光に案内してくれた。

その事を書いた私の稚拙な文を、道しるべに掲載してくれた。

題して「清見寺を訪ねて」。

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住吉神社

兵庫県明石市魚住町長坂寺にある住吉神社。
大久保町緑ヶ丘の実妹宅から、JR大久保駅前の会社まで、一万歩を稼ごうと思うと並大抵ではない。
実妹宅を出て、西に進路をとりJR魚住駅近くで折り返す。
選んで狭い道を辿ると、突然神社に出くわした。
神社の名前は?   住吉神社。
明石には住吉神社と呼ばれる神社が魚住町と大久保町で合計11社あるとか。
住吉神社は海の守り神、国家鎮護、農業及び産業の神様。
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一時間半近くも歩いたが、歩数は一万歩にあと少し。
なかなか毎日一万歩は難しい。

ペッパー君

ソフトバンクが開発した人型ロボット。

このロボット、まだ売られてもないのに、TVで紹介されただけなのに、今から話題になっている。

来年2月発売予定。

ネスレ日本はコーヒーマシンの説明を、この人型ロボットにやらせると言う。

好きなコーヒーの飲み方を客に質問し、答えによって2種類のコーヒーマシンから、より好みに合った方を薦めると言う。

人が同じ説明を何度もするのは疲れるし、都度内容が変わるかも知れない。

テープ(CD)レコーダーだとその点は正確、でも味気ない。

このロボット、人型だけあって顔があるし、足ぶりはできないものの、手振りがあるから愛嬌もある。

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↓ 発売元のソフトバンクも認知症予防にこのロボットを活躍させたいらしい。

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ペッパー君が発売されたら、私も買いたいと思う。

飼いたい・・・と。

ビッグデータと通信ができて、学習して、だんだん賢くなるとか。

だったらなお良い!

皇帝ダリア

今年も皇帝ダリアが咲いた。

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台風20号で背高のダリアが倒れ、そのままにしておいたら、倒れたままの低い所で咲いた。

こんな間近で花を見たのははじめて。

花弁はさすが皇帝級

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                    ↑ 台風で倒れたダリア

11月に食べたい体にいい魚 BEST8

林 修の「今でしょ!」講座より。

11月に食べたい体に良い魚、 BEST 8。

2位=サバ,3位=マグロ,4位=サンマ,5位=カキ,6位=タコ,7位=サケ,8位=カレイ。

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さて、1位は?

最近は漁獲量が減って高級魚になりつつあると言われる”いわし”だ。

陸に揚げるとすぐに弱って腐りやすい魚であることから「よわし」、よわし・・・・いわし、

漢字で書くと魚ヘンに弱い「鰯」がこれに由来する。

貴族の食べ物ではない卑しい魚という意味に由来するとの説も。

イワシや鯖などの青魚は、生活 習慣病予防などに役立つ健康成分・EPAやDHAが豊富に含まれるとして注目されている。

私も高脂血症と言われ、これ以上動脈硬化が進まぬように、血液がサラサラになるようにと、医者がこんな薬をくれた。

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EPA・DHAの効果は、学習能力・記憶力の向上,視力低下の抑制,動脈硬化の予防,高脂血症の改善,血栓の抑制,高血圧の抑制,運動能力の向上,老人性痴呆症の改善・予防,抗アレルギー,抗炎症作用,アトピーの改善。

本当にこんなに良いものか?

信じて飲み続けなきゃ!

お堀に映る飯ノ山

毎週日曜日、丸亀城のお堀周りを歩いているのに気付かなかった。

飯の山がお堀の水に逆さに映るのを!

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写真家の大林さんと一緒に歩いていた時、教えてくれた。

今は時期じゃないが、朝日が山頂から出る時があって、ダブルダイアモンド讃岐富士の写真も撮れると言う。

ブラボー!

これ何?

これ、何だと思いますか?

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ニュートリノを観測するため、岐阜県 神岡鉱山地下につくられた「カミオカンデ」かとちょっと思いませんか?

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丸い蛍光灯型のLEDライトを買って、取り付けようとカバーを外して驚いた。

へぇ~中はこんなふうになってるんだ!

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居間の蛍光灯は我が家で一番点灯時間が長い。

で、かねてよりLEDに替えようかえようと思っていたのが、やっと実現した。

使ってみて便利な点は、リモコン操作ができる事,明るさが自由に調整できる事。

省エネにもなり、寿命も長く、値段も安くなってきたから、従来の蛍光灯からLEDに取り換える時期に来ているのかも知れない。

いわし雲

季節はもうすっかり秋、ふと西の空を見るといわし雲が。

巻積雲(高度5~13km)の俗称で、この雲が出るとイワシが大漁になるので名付けたという。

俗説とか。うろこ雲、さば雲ともいうらしい。

秋を代表する最も美しい雲。

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里山歩き”飯山(イイノヤマ)”

中讃地区で最も登る人数が多い山ではないかと思う。

その名のとおり、お茶碗を伏せたような形の美しい山、讃岐富士と呼ばれる所以だ。

一年で1,000回以上登ったとか、一日に12往復したとか・・・ギネスには登録されてない記録を耳にするのもこの山に関してのものだ。

私も何回かは登った事があるが、噂の記録には及びも付かない。

いつ登るかでグループ分けされ、星組だの月組・日の出組などと呼ばれているらしい。

一番早く登るのは星組で、午前2時ごろ登山口に集合とも聞いた。

この山の登り口は、坂出市側・飯山町側(ハンザン)・飯野町側と三ケ所ある。

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坂出側と飯野側の道は3合目の西又分岐で合流する。

この日私は坂出市側から登った。

自宅を出て大束川に至り、土手沿いに山を目指す。

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↓ 坂出側の登山口に到着

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↑ 幸神社を右下に見ながら坂道を進むと、↓ 登り口が見えて来た。

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↑この山道を辿ると、3合目の合流点・西又分岐に至る。

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↑ 合流点から急登の道(写真の左への道)と周回道(真直ぐ)に分かれる。

勾配のゆるやかな周回道を行く事にした。

↓ 八合目あたりで飯山町登山口からの道と合流する。

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↑ 飯山町からは8合目(約330m)までを、ジグザグしながらも、ほぼ直線に登って来る道で山頂までの距離は3ルート中最も短いが、急斜面が続き、最もきつい。

↓ 山頂到着 422mと言われているが、正確には標高 421.9m。

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山頂には薬師堂を中心に、十一面観音・不動尊・昭和天皇歌碑・おじょもの足跡・おじょも桜など等所狭しと並ぶ。

↓ 薬師堂 (高野山真言宗 小富士山 浄土院 安養寺 奥の院)

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↓ 昭和天皇歌碑

暁にこまをとどめて見わたせば さぬきのふじに 雲ぞかかれる

大正11年(1922年)11月、丸亀平野で繰り広げられた陸軍特別大演習の際、飯野山の美しい姿が善通寺与北町の鉢伏山において摂政宮殿下(昭和天皇)のお目にとまり、後日お詠みになられた歌。

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↓ おじょも桜

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↓ おじょもの足跡、「おじょも」とはこの地方に伝わる伝説で巨人の事。

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おじょも伝説

昔々その昔、山を造るのが得意な”おじょも”がおっての、海を渡った長旅の疲れからか、天秤棒で担いだ後のふごをひっくり返して、城山と常山ができたんじゃ。前のふごは丁寧に移してできたんが飯ノ山なんじゃ。ほんで足跡が南西にある事から飯ノ山と象頭山を跨いで小便してできたんが土器川と言う人もいるんじゃそうな。

ちなみに、「ふご」とは物を運搬するために用いる竹やわらで編んだかごの事。

↓ 石鎚神社

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↓ 降山ルートは、3合目の西又分岐まで急登道を下った。

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坂出市側から登り、飯野町へ降りた。

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飯野町から自宅まで、遠かった事、この日は4時間以上歩いた。

四国八十八カ所歩きも出来そうかなぁ~。

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丸亀の枡池から見た飯の山。

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こんぴらWalk

11月1日、朝から雨模様。

本降りではないので予定どうり奥社までのウォーキングを決行。

神様も毎月一回の参拝にご加護をくれたのか、歩き始めてほどなく薄日も差し始めた。

この日、奥社からの飯山は今まで見たこともない風景だった。

高さ422mの山頂が雲の上に見えた。

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雲の流れが速く、山頂が見えたかと思うとすぐ雲に隠れ、ちょっと幻想的な景色だった。

携帯電話

今ではガラ系と言われる携帯電話、ガラ系だろうが何だろうが私は今も使用中なり。

写真左から私が使っていたガラ系の歴史。

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昔に比べると、液晶の大きさが違うのと厚さが違う。

写真真ん中と現在使用中の右端は画面の大きさはほぼ同じ、だが厚さが薄い分断然軽い。

主流は、スマホ、スマホと言うがガラ系から変更する気はない。

スマホに変更した友人が、またガラ系に変えたいきさつもあって、なおさらその気にならない。

スマホは電話機能を備えたノートパソコンだと言うことを、忘れてはならない。

ただちょっと食指が動くのは、スマホのカメラ機能、ガラ系より画面が大きい分、写しやすいし、画素数が多いのかきれいだ。

もう一つ、家族が皆スマホだとLINE機能が使えて便利だと聞く。LINEはパソコンでも使えるがハードの利便性が全然違う。

でもまぁ~ガラ系でいいか・・・・。

背高泡立草

せいたかあわだちそう 

キク科の多年草。北アメリカ原産の帰化植物で,空地などに群生。 

高さ2~3メートルとなり、秋になると黄色の頭花を多数つける。

その草がこんなところにも堂々と咲いていた。

百十四銀行坂出支店の雨樋の中に。

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ノートルダム清心学園理事長・渡辺和子さんの著「置かれた場所で咲きなさい」の文字どおりの光景にちょっとホロリ!

置かれた場所を人間で言うと、生まれた国・地域、育った環境、取り巻く人々かなぁ。

我が身で言えば、戦争の無い国に生まれて良かった、良い人々に恵まれて良かった・・・。

↓ 道路わきに咲く背高泡立草

こちらは伸び伸び群生している、これも置かれた場所で咲いているのだ。

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首里城

琉球王国のグクス及び関連遺産群として、2000年12月に日本では11番目にユネスコ世界文化遺産に登録された。

グスクとは漢字で書くと一目瞭然 『御城』、奄美群島から八重山諸島に多数存在する古琉球時代の遺跡の事。

首里城に来たのは今回で2度目、大学の同窓会ゴルフに来たついでに観光したのが最初。

↓ 守礼門

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首里城の創建は14世紀頃と言われるているが、詳しい事は分かっていない。

1406年に尚巴l志が琉球王国支配のための居城として以来、1879年、最後の国王・尚泰が明治政府に明け渡すまで、約500年にわたって琉球王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇った。

1945年の沖縄戦で灰燼に帰したが、1992年に沖縄が本土復帰20周年を記念して復元された。

↓ 歓会門

別名「あまへ御門(ウジョウ)」、”あまへ”は沖縄の古い言葉で「歓んで迎える」という意味。

首里城の城郭内に入る第一の門。中国皇帝の使者を歓迎するという意味で付けられた。

1500年前後創建、1945年沖縄戦で焼失、1974年復元。

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↓ 左右の一対の獅子像(シーサー)魔除け

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↑瑞泉門

瑞泉とは”立派なめでたい泉”と言う意味。門の前にある湧き水「龍桶」にちなんで命名。

別名「ひかわ御門(ウジョウ)」

↓ 漏刻門

漏刻とは中国語で水時計の事、

櫓の中に水で時間を計る水槽があって、その水時計で時刻を計っていた事で命名された門。

駕籠で登城を許されていた身分の高い役人も、国王に敬意を表してここで駕籠を降りたことから、別名「かご居せ御門」とも呼ばれる。

創建は15世紀頃、老朽化のため昭和初期に撤去されていたものを、1992年に復元。

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↓ 広福門、別名「長御門(ナガウジョウ)、現在、券売所として使われている。 

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↓ 広福門を内側から見る

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↑ 広福門を入ると広場があって、いよいよ正殿への最後の門

↓「奉神門」へと導かれる。

門には3つの入り口があり、中央の門は国王や身分の高い人だけが通る門、別名「君誇御門(キミホコリウジョウ)」。

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↓ 奉神門を入ると、祭事や儀礼を行ったと言われる「御庭(ウナ)」に出る。

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↓ 正殿、国王の政務や様々な儀式が行われた建物。

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↓ 正殿前の御庭での祭事の様子

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喜多川歌麿

喜多川歌麿 筆

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うまいものまつり

11月22日,23日、食の大博覧会2014が開催される。

場所はサンメッセ香川で、毎年開催されている。

柿茶も”さかいでブランド”の一品目として出店する。

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是非、おいで下さい。

スピードパス

Esso のスタンドでセルフ給油していると、スタンドのスタッフから声をかけられた。

現金ですか?カードですか?と。

当然カード、ポイントも貯まるから。

すると、カードの代わりにスピードパスにしませんか?と、誘いが入った。

これを使うと、いちいちカードを出さず給油でき、しかも割引のメリットも享受できるという。

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要はカード代わりに使えるGoodsだが、車のキーホルダーと一緒にすると、カードが不要で便利という訳。

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こんなGoodsに私は弱い。早速申し込んだ。

今はガソリンスタンドだけでしか使えない。

コンビニでも飲食店でも使えるようになったら、より利便性が良くなる筈だ。

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