2014年度四国ブロック・ユネスコ活動研究会
2014年度四国ブロック・ユネスコ活動研究会が11月22日,23日の両日、松山で行われた。
主催は”松山ユネスコ協会”、来年2015年は丸亀ユネスコ協会が主催する事になっている。丸亀の一員としては、しっかり開催手順や内容を把握せねば・・・の思いで参加した。
会場は道後温泉の大和屋本店、道後の中心部に位置する大きなホテル。
11月22日(土)13:00開会、
テーマは、”地域の文化と教育力を育む-地域に根差したESDとユネスコスクール-”
開催主旨は、『今年2014年は、UNESCOが主導機関となっている「国連ESDの10年」最終年度です。この10年の成果を踏まえて、ESDの視点から地域に根ざしたユネスコ活動の可能性を捉え直し、今後の取り組みへの意欲を高める機会となることを期待しています。』と。
テーマにも開催主旨に登場する”ESD”なる三文字略語は、「持続可能な開発のための教育」の意。
主催者挨拶、来賓祝辞のあと、松山市立子規記念博物館館長・竹田 美喜氏による
「子規と妹 律 -兄の遺したもの・女子教育の重要性-」と題した基調講演が行われた。
正岡子規と言えば、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治を代表する文学者の一人として有名だが、子規に律なる妹がいたとはこの講演で初めて知った。
そして、律の存在が、当時の男尊女卑の世にありて、子規が女性への教育の重要性を説く影響力になった事も初めて知った。
今でもノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが女性への教育の必要性をスピーチしているが、150年も前に子規がそれを言っていたとはすごい事だ・・・と今更ながら子規の偉大さを思い知った。
講演のあと、高校生カンボジア・スタディー ツアーの報告、「心の中に平和」エッセイ作文コンクールの表彰と朗読があり、全体会は終了。
休憩をはさみ後半は参加者が第1分科会と第2分科会の会場に分れての研修会。
第1分科会では、「地域を育てる人づくり・人を育てる地域づくり」のテーマでパネルディスカッション。
第2分科会は「地域の未来を創るESDと拠点としてのユネスコスクール」のテーマで事例発表とトークセッション、私は第1分科会の方へ参加した。
パネリストの一人に、現 愛媛大学国際連携推進機構教授のルース・バージン氏(アメリカ合衆国生まれ)の名前があったから。
日本在が長いとは言え、異国から来た人がどんな事を言うのか興味があった。
一日目のプログラムが終了し、参加者の懇親をはかる会で行われたオープニングアトラクションは感動的だった。
創作歌舞伎舞踊 伊予八百八狸 by 伊予八百八狸保存会が披露され、会場は拍手喝采に包まれる。
来年の丸亀で、こんな土着の披露芸があるだろうか?と頭の片隅で心配しながらも、懇親会は終了。
翌日のスケジュールは参加者全員による全大会で、午前中のみ。
【報告】ユネスコ運動の今と【分科会報告】・【意見交換】が行われ、全二日間の研究会は無事終了した。
今回の研究会も、ユネスコの理想”世界の平和と人類の幸福を永遠なものにする”ことを願う多くの方々が一堂に会した有意義な会で、主催した日本ユネスコ協会連盟や愛媛県ユネスコ連絡協議会、松山ユネスコ協会に、ご苦労さまの敬意を表するとともに、次回は丸亀ユネスコの主催と言う重い責任を感じさせられた研究会でもあった。
研究会前後の空き時間を利用して、道後を散策。
↓ まずは、有名な道後温泉本館
↓ 道後を見守るような高台に鎮座する道後温泉ならではの神社 "湯神社”
祭神は道後温泉を開いた大己貴命と少彦名命の二神。
石碑に曰く、
伊佐庭 如矢は、明治23年に道後湯之町の初代町長として、道後温泉本館建築に情熱のすべてを注ぎ、幾多の困難を乗り越えながらも明治27年4月落成に至った。・・・後略
せっかく道後に来たのに、本館の湯には入れなかった。また来たいものだ。
« 第5回鎮守の杜のコンサート | トップページ | City Toure in Kuala Lumpur その2 »
「日々生活の中で」カテゴリの記事
- 人生の応援歌(2025.01.16)
- 母の33回忌(2025.01.15)
- シルバーにお願いした(2025.01.10)
- さよなら システムハウス(2025.01.14)
- 城山温泉倒産(2025.01.09)
コメント