モエレ沼公園 By イサム野口
イサム・ノグチの名前を聞いたことがある。
だけど、香川県と何か縁があるらしい程度にしか知らなかった。
だけど、香川県と何か縁があるらしい程度にしか知らなかった。
彼の存在及び作品をハッキリ認識したのは札幌にあるモエレ沼公園を訪れてから。
札幌から岡山まで、一日一便しかない帰りの飛行機の出発時刻があまりに遅いので、その暇つぶしに行ったのが、モエレ沼公園。
そこに彼の作品があるとは全く知らずに行った。
札幌市の北東部にあり、270万tの廃棄物を埋め立てた後に造成された約1,890㎡の広大な公園。
ネット検索すると、1982(昭和57)年に着工され、2005(平成17)年7月に完成した。
基本設計はもちろんイサム・ノグチ。
1988(昭和63)年末に彼はこの公園の完成を待たずに死去。
その後は、彼の財団監修のもと彼の遺志を継いで計画を続行し、実に23年の歳月を経て完成した。
公園と言うより、彫刻作品の内部に入るような感覚は、正に彼の芸術に対するコンセプト”地球に彫刻する”を地で行く風景。
↓ モエレ山 これも作品と言うから驚き!
↓ 上の写真の反対側に山頂へ続く階段がある。130段なにがし???
↓ テトラマウンド
日本人の詩人であり英文学者の野口米次郎とアメリカ人で作家のレオニー・ギルモアとの間に生まれたハーフ。
幼少期を日本で過ごし、アメリカ、フランスで彫刻を学んだノグチは、気鋭の彫刻家として活躍。
とりわけ戦後、東西の芸術精神を融合した多岐にわたる彫刻を制作し、従来の彫刻の域をはるかに広げた、大地の彫刻ともいえるランドスケープ・デザインを次々と発表するなど、その豊かな芸術性と表現力によって、20世紀を代表する彫刻家のひとりとして知られている。
「大地の彫刻」誕生へのあゆみ
イサム・ノグチは1969年に四国・香川県の牟礼町にスタジオを構え、ここで彼の成熟期の代表作になる花崗岩、玄武岩を使った大型の彫刻の制作に励みました。
ノグチは1956年、パリのユネスコ本部の庭園デザインに使う石を探していた時、初めて四国を訪れました。
その後、巨大花崗岩彫刻『黒い太陽』(Black Sun)(1969年、シアトル美術館所蔵)を製作中、石職人の協力を求めて再び四国にやって来ました。
牟礼町出身の若い石工、和泉正敏に紹介され、ノグチはその後20年に亘って和泉と密接な協力関係を築き、制作を共にすることになります。
和泉はイサム野口のためにスタジオを建設し、ノグチは彼の人生最後の20年間、毎年半年を牟礼で過ごしました。
屋島と五剣山に位置するサム・ノグチ庭園美術館は、150あまりの彫刻作品を所蔵し、その多くは未完のため、生前のノグチが実際に制作を行っていた当時の雰囲気を色濃く残しています。
イサム・ノグチのコンセプトその他。
その2:誰でも触れる、子供が遊べる
その3:作品に名前を残さない
↓ 公園レイアウト
公園内にこんな車が? スーパーマリオ?
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