スリランカ 三日目(ポロンナルワ)
シーギリア観光が終わり、ポロンナルワへ向かう道沿いに、椰子の実・ココナッツを売っていた。
ガイドが食べましょう!と車を止めた。
↓ 一人一個、ストローでココナッツジュースを堪能。
ジュースが飲めるのは椰子の実が熟してない時。熟すとヤシ油の原料となる。
↓ 今回のツアーで我々が乗った7人乗りのワゴン、トヨタの車。
幅13m、奥行き31m、当時地上7階建ての宮殿だったが、今は3階部分までしか残っていない。
地震はなかったのだろう。
↓ 奥に見えるのは閣議室跡
1017年、古代シンハラ王朝は南インドのチョーラ王朝に攻め滅ぼされ、チョーラ軍は、ポロンナルワを首都とした。
その後1055年に、南部に逃れていたシンハラ王朝のヴィジャヤ・バーフ1世が、チョーラ軍を撃退し、1073年に、チョーラ軍の首都・ポロンナルワを王都とした。
ヴィジャヤ・バーフ1世の孫・パラークラマ・バーフ1世は、初めてスリランカ全島を統一、
灌漑設備など国力増強に努め、仏教にも力を入れた結果、ポロンナルワはビルマやタイからも仏教僧達が訪れる大仏教都市となった。
しかし13世紀後半、再びチョーラ王朝に追われ、スリランカ中央部に逃れる。
↓ パラークラマ・バーフ1世時代に造られた灌漑設備のひとつ、広大な貯水池。
日本ならこんな貴重な遺跡、雨ざらしにはしないだろう。
さしずめこの遺跡がすっぽり入る建屋で覆うだろう~と、思うが?
↓ こんな遺跡が至る所に。 これだけ多いと雨曝しは仕方ないかも。
↓ 仏教遺跡の中心地・クワドラングル
『クワドラングル』とは四辺形と言う意味、城壁に囲まれた中に11の建築物がある。
↓ 「ランカティラカ」は13世紀にパラークラマ・バーフ3世によって建てられた寺院。
アフガニスタンのバーミヤンの仏像を思い出した。
↓ 遺跡の中には猿が。
↓ こんな動物もまじかに見る事ができる。
↑ これってイグアナだよね?
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