スリランカ 七日目(ゴール出発コロンボへ)
スリランカを満喫した旅も終わりに近づいた。
七日目は朝ゴール市内観光後、空港のあるコロンボへの移動。夜の便で帰国の途につく。
ホテルを出て、ゴール市内にある世界遺産”ゴール要塞都市”へ向かう。
↓ 如何にも要塞とおぼしき石壁が見えてきた。
人口は10万人弱の都市で、城壁に囲まれた所が旧市街、その外が新市街。
航空写真でみるとこんなかんじ(パクリ画像です)。
↓ 写真上が城壁入口で、中を海淵に右回りに案内してくれた。
ゴールは、中東と中国を結ぶ「海のシルクロード」の中継地点として古代から栄えた港町。
大航海時代に入るとポルトガルとオランダによって街が築かれ、今も中世ヨーロッパ調の雰囲気が色濃く残る。
列強各国の人達は自分たち以外の「外国人」侵入を防ぐため、城壁や要塞を築き、ゴールを強固な城塞都市へと育て上げた。
旧市街をぐるりと囲う城砦は、ポルトガルによって造られ、オランダによって補強された。
城砦は低いところで6m、高いところでは20m近くの高さがある頑強なもので、2004年に発生したスマトラ沖地震の津波にも耐え、住民を守ったことから『奇跡の世界遺産』とも呼ばれている。
↓ 住民を守った城砦
↓ オランダ植民都市時代に築かれたオランダ改革派教会(1752年)
↓ イギリス国教会に属する諸聖人教会(1871年)
↓ 城壁入口
↓ ゴール要塞の灯台
↓ オランダ植民都市時代に起源を持つ、メーラ・モスク(1904年)
何これ? とガイドに聞いたら ↓ この岩と岩の間の海にダイビングするのだと言う。
正にクレージー。
↓ こんな所で運動会???
ゴール市内は大きく分けると3つの地区に分類される。
半島部に形成された要塞が残るフォート・エリア、
海岸や国道沿いに見られるムスリム商人の多い商店街エリア、
仏教寺院が多く見られる丘陵部の住宅地エリア。
このうち、世界遺産対象地域になっているのはフォート・エリアのみ。
フォート内部はオランダ植民都市にしばしば見られる格子状の街路が走るが、地形に合わせて若干の変形が見られる。
オランダ人やイギリス人が居住してきたことから、ゴール市内のキリスト教会4つのうち、3つがフォート・エリアに残っている。
オランダ植民都市時代に築かれたオランダ改革派教会(1752年)、
イギリス国教会に属する諸聖人教会(1871年)、
そしてメソジストの教会堂である。
かつてはポルトガル植民都市時代に築かれたカトリックの聖堂もあったが、17世紀にオランダによって取り壊され、その跡地には仏教寺院のウィクラマシンハ寺院(1889年)が建っている。
現在のフォート・エリア内にはムスリムが多く住む。1999年の統計ではフォート・エリアの住民2197人中、ムスリムは1009人で、シンハラ人の1159人と大差がない。
これは伝統的に住んでいるムスリム(スリランカ・ムーア)のほか、スリランカ独立後、
ヨーロッパ人やバーガー人の外部への流出によって空いた住居に移住してきた者たちが含まれている。
そのため、モスクもフォート・エリア内に4つあり、そこにはオランダ植民都市時代に起源を持つメーラ・モスク(1904年)も含まれる。
以上、キリスト教、仏教、イスラームのそれぞれの施設は残るが、ヒンドゥー教の寺院はない。
« スリランカ 六日目(ゴール宿泊ホテル) | トップページ | スリランカ 七日目(ゴール市内観光) »
「異国へ旅たび」カテゴリの記事
- インドネシア旅(ジャワ更紗)(2019.07.31)
- インドネシア旅(プランバナン寺院)(2019.07.14)
- インドネシア旅 (トイレのピクト君)(2019.07.06)
- インドネシア旅( メンドゥット寺院 )(2019.07.05)
- インドネシア旅(巨大花)(2019.07.04)
コメント