Jou光

  • 親父
    彼は子供の時から絵が上手いと、親の欲目で思っている。目の前でさらさら描かれると、ついつい感嘆してしまう。世の中いっぱい絵の上手い人はいるが、この道で飯が食えるのはスポーツ選手と同じで極一部。でもとにかく趣味でも良いから絵を描くことは続けて欲しいと願っている。

春爛漫

  • ぼけの花
    柿茶の里は徳島県美馬郡つるぎ町に位置する。柿の葉の生産農家へ毎年春と秋に行く。春はことさら美しい。桜が咲き乱れ山の木々が新緑に包まれる。澄んだ青空に身も心も洗われる気がする。

アユタヤ遺跡

  • Pict0266
    1491年に建てられた王族の守護寺院。3つの大きな仏塔には、ラーマティボディ2世と父、兄の遺骨が納められています。 寺院ではありますが僧は居住せず、王の礼拝堂として王族の儀式に使用されていました。この寺院もまた、1767年ビルマ軍により破壊され、16mあったという金で覆われた仏像も金を奪われた後、壊されてしまいました。

暁の寺院 タイ

  • Pict0350
    トンブリ王朝時代の守護寺で最高位の寺院とか。きらきらと輝く陶器の破片に覆われた高さ約79mの大仏塔は、ラマ3世により5年がかりで改装された。朝日を浴びた大仏塔の神々しい姿が”暁の寺”の名前の由来。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

  • Pict0201
    セイロンへの留学から戻ってきた僧侶のために、1357年初代王ウー・トーンが建立しました。仏教寺院は瞑想の場として使用されていました。現在も多くの仏教徒が訪れ、週末は観光客でにぎわいます。

水上マーケット

  • Pict0116
    ダムナン・サダックの水上マーケット。その昔、”東洋のベニス”と言われたバンコクでは、日常的商取引には運河が利用されてきた。水上マーケットは、古き良き時代の情緒溢れるバンコクの生活を体感させてくれる。 

2008年7月 タイ王宮

  • Pict0429
    白壁に囲まれた20万㎡の敷地内には、1782年に建設された国王の宮殿、即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド仏寺院などチャクリー王朝歴代の王により建造・改築された建物が建ち並んでおり、ラマ8世までは実際にここに住まわてていたとか。

涅槃寺

  • Pict0386
    タイ語で Wat Pho(ワット・ポー)と呼ぶこの寺は、ラマ1世が建立したバンコク最大の境内を持ち、バンコク最古の歴史を持つ寺院。本堂には写真のようなリクライニング・ブッダの愛称で親しまれている寝釈迦仏が横たわる。足の裏には螺細細工でバラモン教における108の宇宙観が表現されていると言う。

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2019年9月

歯周病が影響を及ぼす病気の数々 By 豊岡倫郎 2019-9-18

1.歯は健康の重要な要

歯を失って初めて知るその有難さ。歯を失う原因のトップは歯周病によるものである。今日本人の20歳代で70%、45から54歳で80%が軽度を含み歯周病に侵されているというから、日頃からもっと歯の衛生に関心を持って、対処する必要がある。

2.歯周病の怖さ

歯周病に侵されて、歯を失うことによる噛むことの不都合ばかりではない。最近明らかになったことは歯周病が全身の病気を引き起こしているという信じられないような事実である。その機序を今回説明する。

3.歯周病とは

歯茎に炎症が起きる病気の総称で、炎症が歯を支えている側面の歯肉だけならば、歯肉炎と言い、歯の奥の歯槽骨まで広がっていると歯周炎、即ち歯周病と言う。更に進んで症状が悪化して、血や膿が出る、口臭が発生する、歯がぐらぐらするなどの重いのは歯槽膿漏と言う。

注意すべきことは、歯肉炎の初期段階では、痛みもなく、たまに歯がしみたり、歯肉が腫れたり、出血することがある程度では、放置する間に、どんどん静かに進行してゆくから怖い。

歯垢(しこう)別名デンタル・プラークともいうが、これは、食後4~5時間すると歯の表面にネバネバしたものが出来てくる。それが歯垢で、そこには無数の所謂歯周病菌がいる。歯磨きが充分でないと、歯と歯の間や歯肉の間に、歯垢が歯周病菌の塊となってしまい、周辺に炎症を起こす。これが歯周病の始まりとなる。なお歯石とは歯垢を放置しておくと、それが石灰化して、固まったものを言う。

4.口腔内の衛生

口の中には色々な菌が住み着いていて、約700種、合計100億個の細菌がいるという。これ等の細菌の中には、善玉菌も居れば、悪玉菌も居て、歯周病の原因となる細菌は、十数種類居るという。その中でもジンジバリス菌、デンティコーラ菌、フォーサイシア菌の3種が危険。歯の病気によって、これら細菌が血液中に入り込んでいる状態を歯原性菌血症と呼んでいる。そして歯周病菌内部で毒素が作られたり、菌が壊れた時にも毒素が出て来る。

5.歯周病が影響を及ぼす病気の数々

1)糖尿病

歯周病が悪化すると糖尿病も悪化する。その機序は歯周病菌が歯茎の炎症した部分から血中に入ると、血中に炎症性サイトカインが増加して、血糖値を下げようとするインスリンの働きを邪魔して、糖尿病を悪化させてゆく。従って歯周病を治療すると、糖尿病が改善されたという事例も多いのである。

もうひとつ関連性がある。それは糖尿病になると、体内の糖の過剰によって、歯肉の毛細血管が減少しているために、歯茎が弱くて、出血もしやすいので、歯周病にも罹り易い。この二つの要因が悪循環してゆく。

2)動脈硬化

歯周病菌が血中に入り込むと、血管内皮細胞に付着して、血管内膜に炎症が起きて、アテロームと呼ばれる脂肪の塊が出来て、血管の通り道が狭くなる。動脈硬化が進むと、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞などが引き起こされる。

3)誤嚥性肺炎

誤って食べ物が気管や肺に入り込んでしまうと、誤嚥性肺炎を起こすことがある。特に高齢になると、飲み込む働きが弱くなり、誤嚥を起こしやすい。その際に歯周病菌が食べ物と一緒に肺に入ると、免疫力も低下しているために、誤嚥性肺炎になってしまう。

4)腎臓病

糖尿病の余病のひとつに腎機能低下があるが、腎臓の濾過する血管に歯周病菌が混じっていると、更に腎臓の負担が加わり、機能が低下してゆく。

5)アルツハイマー型認知症

アルツハイマー型認知症の人の脳から歯周病菌の毒素が検出されている。またアルツハイマー型認知症に見られるβ―アミロイドを沈着を促進させることも判ってきた。

6)関節リュウマチ

関節リュウマチは自己免疫疾患のひとつであるが、関節を包む滑膜に炎症が発生して、骨を破壊させてゆくが、この炎症に歯周病菌の酵素が関与しているという。

7)早産

妊婦さんが歯周病を患っていると、本来出産のために増加してくるプロスタグランジンという生理活性物質が、歯周病菌による炎症によって、異常に増えてしまい、低体重の早産につながるという。

6.歯周病予防策

1)朝晩の歯磨きは正しく実行する。

2)喫煙、ストレス、睡眠不足、体調不良などによる免疫力の低下を防止する。

3)食生活では、食物繊維が不足しないようにする。よく噛んで食べる。
偏食しない。抗酸化物やオメガ3系の油を摂る。

4)歯茎の毛細血管を強化するために、適度のブラッシングも必要であるが、ビタミンCの摂取が欠かせない。それには柿茶を飲むのが良い。酒や甘いものは毛細血管を硬化させたり、消滅させるから要注意。

5)糖尿病や動脈硬化は共に血管を不良にするから、予防と治療に配慮する。

6)少なくとも6カ月に一回は歯医者へ行き、クリーニングしてもらう。

7.まとめ

1)8020運動を1989年に当時の厚生省が推進したことがある。80歳になっても20本以上の歯があれば、楽しく充実した食生活を送ることが出来るという内容だった。しかし今は楽しい食生活よりも、歯周病が寿命を縮めるから歯のケアを実行することの方が大事である。

2)最近慢性炎症がガン化を引き起こす原因のひとつと言われている。慢性炎症が発生する要因は歯周病菌ばかりでなく、活性酸素、酒、ストレス、過食や宿便、過労など色々あるから、日頃の生活習慣を見直すことこそ肝要である。長寿者は体内の炎症度を示すCRP値が低いという。

3)歯周病は「静かな病気」と呼ばれている。自覚症状が無くて、深く静かに進行して行き、最初の軽い症状が出ても、見過ごすケースが多いので、軽視してはいけない。

4)適度な健康体操をして、体内の血液循環を良くすることも、健康生活には欠かせない。

おわり

日御碕神社

鳥居の手前に駐車場があって、そこから歩くとすぐに境内に入る。

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そこをくぐると朱塗りの立派な門・桜門が松に映える。

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この神社には上の宮と下の宮があり、御祭神は上の宮(神の宮)が神素戔嗚尊(カムスサノオノミコト)、下の宮(日沈宮)が天照大御神。

現在の社殿は、江戸幕府3代将軍・徳川家光の命により松江藩が建立したもの。

安土桃山時代の面影を残す精巧な権現造りで、国指定の重要文化財となっている。

↓ 下の宮

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下の宮を正面に見て右へ歩を進めると階段の上に上の宮が見える。

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↓ 上の宮から見る風景

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↑ 日沈宮(下の宮)は神代以来、近くの海岸(清江の浜)の経島(フミジマ)別名 文島又は日置島に鎮座されていたが、村上天皇の天暦二年に勅命によって現在地に移された。

「日沈宮」は「伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん」との神勅により祀られたのが始まりと言われている。

伊勢神宮が「昼を守る神社」なら、日御碕神社は「夜を守る」神社。

出雲日御碕灯台

  稲佐の浜を後にし、次に向かったのは日御碕灯台。

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看板に「海上保安庁・第八管区海上保安本部」と書いてある。

そうか! 灯台は海上保安庁が管理しているんだ! 知らなかった。

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この灯台の説明。

この灯台は1900年に着工・1903年4月1日(明治36年)に完成し、現在も島根半島最西端の要衝で日本海を航行する船舶の道しるべとして活躍している。

この灯台が建設されたのは日清戦争直後の海運振興のため各地で大型灯台が集中的に建設された時期で、島根県では1898年に建設された馬島灯台(浜田市),美保関灯台(美保関町)に次いで3番目。

地上から頂部まで43.65mもあり日本一の高さを誇る灯台で、地震に耐えるよう外壁が石造りで内壁がレンガ造りの二重構造となっており、外国にはない日本独自の技術が使われている。

光源の一等レンズ(フランス製・直径2590mm)は、全国に六ケ所の灯台にしかない貴重なもの。

国際航路標識協会が提唱した「世界灯台100選」のひとつに選ばれ、地元でも日御碕のシンボル「東洋一の灯台」として親しまれている。

現役で活躍中なのに、200円の入場料で上まで登れる。

163段の階段はきついが、頂部の踊り場から360°見渡せる景色は絶景。

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↓ ひとりで釣りをしている人を見つけた。釣れるのか???

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この日はいいお天気で、白い灯台が空の青と海の青に映えて殊の外きれいだった。

あまりに暑いので、平日の閑散とした食堂兼お土産店てカキ氷をかきこみ灯台を後にした。

弁天島

出雲大社を後にし、出雲日御碕灯台へ向かう途中、浜辺に岩のような島があった。

この浜辺は海水浴場らしく、「稲佐の浜(イナサノハマ)海水浴場」と書いた看板があった。

この浜は旧暦10月10日に、全国の八百万の神々をお迎えする浜なんだそう。

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↓ その浜に角が生えたように突き出た岩山。

れっきとした島で弁天島という。

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地元では「べんてんさん」と呼ばれて親しまれている島、かつては稲佐湾のはるか沖にあったので、沖ノ御前・沖ノ島と呼ばれていたらしい。

昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていたが、近年急に砂浜が広がり、今では島まで歩いて行けるようになった。

その島に鳥居が見え、その奥に祠がみえる。

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この社、神仏習合の頃には「弁財天」が祀られていたが、明治の頃から豊玉毘古命(トヨタマヒコノミコト)が祀られているとか。

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出雲大社

出雲大社へは何度か来たことがある。

でも境内をじっくり散策したのは今回が初めて。

出雲大社の正しい参拝方法は神門(シンモン)通りの大鳥居から始めると聞いた。

それで、大駐車場に車を置き、神門通りまで出たが大鳥居はまだまだ遥か向こうにあった。

ちなみに出雲大社の駐車場は無料、お金を取っても良さそうなのに、流石「縁結びの神」を祀るだけあって太っ腹。

大鳥居まで行くのは大そうとて、勢溜(せいだまり)の正面鳥居から入る事に。

↓ 案内図

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↓ 鳥居をくぐると、橋の向こうに松の木々が見えた。

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橋を渡ると石畳の下り参道が続き、そこから砂利を敷き詰めた松並木(松の参道)が本殿へと続く。

参道の松は樹齢400年を超えるというからすごい!

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真ん中の参道は神様が通る道、参拝人は松並木の右側か左側を歩く。

↓ 参道が終わると右側に出雲大社の御祭神・大圀主大神の像が目に飛び込んでくる。

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大國主大神は「幸魂 奇魂(さきみたま くしみたま)」の”おかげ”をいただき、神性を養われ「ムスビの大神」となった。

それが、生きとし生けるものすべてが幸福になる縁を結ぶ ”えんむすびの神” と慕われるゆえん。

↓ 銅の鳥居が見えてきた

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「銅鳥居」は、出雲大社の4本目の鳥居で「四の鳥居」とも呼ばれ、銅製の鳥居としては、日本最古の鳥居。

六十年に一度の大遷宮が2019年3月末をもって終了した旨が書かれた看板があった。

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それによると、出雲大社「平成の大遷宮」は二期間にわたり行われた。

第一期は平成20年(2008年)4月より平成28年3月まで、第二期が平成28年4月から平成31年3月までで、令和が始まる前に終了したとある。

銅鳥居をくぐると拝殿が見えてきた。

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出雲大社の参拝は何度も聞かされた「二礼四拍手一礼」。

金刀比羅宮の神官に聞いた話では、昔、参拝の仕方はそれぞれの神社で違っていたらしい。

それが「二礼二拍手一礼」に統一されたのだが、ここ出雲大社ではそれに従わなかったのか?

↓ 拝殿の裏に周るとご本殿がある。

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ご本殿は塀で囲まれていて、その左側を奥に進むと正面に彰古館が見えてくる。

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↓ 彰古館

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境内には大国主命に助けてもらったとされる兎が何処かしこにいる。

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↓ 本殿のさらに奥にある出雲大社摂社・素鵞社(ソガノヤシロ)

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この社の御祭伸は素戔嗚尊。

素戔嗚尊は三貴子(天照大御神・月読尊・素戔嗚尊)の御ひとりで、天照大御神の弟。

出雲国に天降りされ肥河上に於いて八岐大蛇を退治した神様で、奇稲田姫を妻にし生まれたのが大国主大神。

↓ 神楽殿

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ここが本殿かと思うほどの立派な門構え。

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境内社の中に金刀比羅宮を見つけた。

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出雲大社をすべて見たと思ったが、アトでネットを調べると近くに「北島国造館」とか「命主社」とかパワーポイントがあるらしい。

それはまたのお楽しみにして神社を後にした。

 

まぐろづくし料理& 絶景 父母ヶ浜

東交トラベル㈱が主催する「まぐろ料理&絶景 父母ヶ浜」ツアーに参加した。

お値段・お一人8,000円と結構高いがマグロの解体ショーもあり、それを見たさに参加を決めた。

高松から出発した観光バスがJR坂出駅にも寄ってくれた。

バスに乗り込んで驚いた、ほぼ満席の35,6人もいるではないか。夜10時までの予定なのに小学生までいる。

結構人気あるツアーなんだ!

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16時20分に坂出駅出発、まず向かったのは伊吹島いりこを売る仁尾町の藤田水産。

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そこで、いりこ料理のあれこれを試食、

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そこで売っている海産物の買い物に花が咲き、予定以上に時間を食った後「父母ヶ浜」へ向かった。

主催者が事前に時間配分していて、この日は18時20分頃日没とのことで、30分前くらいに到着が10分ほど遅れた。

「フボガハマ」と読むのかと思ったら「チチブガハマ」という。

↓ 場所は香川県三豊市にある海岸、香川県の最西端にある。

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遠浅の海水浴場として知られているらしいが、若い時に子供をつれて行ったことはない。

海水浴でここまで来るのは坂出からは遠すぎたのかも知れない。

ここに来たことがある人の話だと、昔は何でもないビーチで海水浴客もまばらだったとか。

それが今ではレストランやらカフェが新築されるほどの大賑わい。

この日(2019年9月16日)も夕日を見るために浜辺は人・人・人の群れ。

大型の観光バスも数台止まっていた。 

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この日は午後から曇りはじめ、夕日が見れるかなぁ~と心配していた。

皆さん普段の行いがいいのか、夕日はバッチリ、ラッキーだった。

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ここにこんなに人が押し寄せる訳とは?

父母ヶ浜は約1kmのロングビーチを誇る美しい海岸で、「日本の夕陽百選」にも選ばれている。

地方の穏やかなビーチが一躍話題のスポットとなったのは、夕暮れ時の幻想的な写真がきっかけ。

三豊市観光交流局によると、2017年に石井さんがSNSに投稿した、地元在住フォトグラファー・岩田隆さんの写真。

↓ ネットより拝借

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14人が手をつないで一斉にジャンプした瞬間を切り取った写真は、迫力満点!

ウェーブのように不揃いな様子がライブ感たっぷりで、上下対称に映り込んだ鏡面効果も海では珍しい光景。

この水面の正体は、潮が引いたときの干潟にできる潮だまりで、遠浅の父母ヶ浜には、干潮時に潮だまりがあちこちに現れ、波の影響を受けないため、鏡のように穏やかな水面になって、上下対称の美しい風景を作り出す。

この光景が、世界的な絶景地として名高いボリビアのウユニ塩湖に似ていると評判を呼び、いつしか「日本のウユニ塩湖」と言われるようになった。

↓ ちなみにウニユ塩湖(ネットから)は、こんな感じ。なるほど良く似ている。

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↓ 潮だまりでポーズを取りそれを写真におさめる風景があちこちで見られた。

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父母ヶ浜を後にし、マグロ解体ショーが行われる「あみ屋」へ着いた時には日はたっぷり暮れていた。

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なかなかの繁盛店らしく、店内はごった返していた。

なかなか予約の取れない観音寺の名店だそうで、それに加えこの日は休日で毎月第三月曜日に行われるという解体ショーと重なったせいもある。

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↓ 我らツアー客の予約席は40人ほどが座れるこんな部屋、落書きが壁一面を覆う。

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ツアーはまぐろのコース料理、飲み物は2杯まで無料。

いよいよ解体ショーが始まった。

まな板が用意され、三人かがりでマグロを運んできた。約60Kgだそうでちなみにお値段は30~40万円とか。

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↓ まずはしっぽを鋸で切り落とした。

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↓ 次に頭を離す。

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↓ アトは中骨にそって身を切り離す。

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↓ 切り落とした半身をお披露目するパーフォーマンス、えらく重そう。

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その解体したマグロが出てきた。そのお品書きは、

1.本マグロの刺身

2.本マグロ中トロの塩たたき

3.希少本マグロ血合い生レバー風

4.本マグロカマ塩焼き

5.本マグロトロたく太巻き

↓ 刺身

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食った食った! もう~ お腹いっぱい。

ツアー客の皆さん、たらふくマグロを堪能して帰宅の途についた。

家に帰ると11時前だった。

脳卒中で絶対に倒れない法

嘘か本当か? こんな記事を見つけた。

タイトル:脳卒中で絶対に倒れない法

鹿児島県国分市の養護老人ホーム「慶祥園」で体験しているということで、国分市で大変評判になっており、数千人の方が試され、その悉くが健在であるという実証があり、福岡市の小学校校長会でもその資料が配布されて作り方が紹介されているそうです。

この飲み物は一生に一度飲むだけで良いので、脳卒中の心配がある方のため紹介致します。作り方はどなたでも出来ますので是非お試し下さい。

脳卒中で絶対に倒れない飲み物の作り方

1.鶏 卵・・・1個、白身だけを良くかき混ぜる

2.フキの葉の汁・・・小さじ3杯(20g:フキの葉4~5枚分、ツワブキは
                駄目)

          フキの葉を小さく切ってすり鉢ですり、ガーゼで
          絞って汁を出す。

3.清 酒・・・小さじ3杯

4.梅 漬・・・1個(土用干しをした梅は駄目)

◎ 必ず番号順に容器に入れ、一回に飲む。・・・・1回だけで宜しい。

■ 慶祥園の園長さんのことば

「血圧は医薬品で簡単に下げることができますが、脳卒中で倒れない方法は現代医学を以てしても、その予防の方法はないそうです。

もし一度この発作に見舞われ倒れることがあるとしたら、軽重の差はあるにしても再起の望みは絶たれ、あたら一生を植物人間として過ごさなければなりません。大変不幸な事です。

然し、予防の医薬品はないにしても御安心下さい。医薬とは言えませんが脳卒中では絶対倒れない方法があります。私はこの飲み物の医薬的成分を知らないし、文献もありませんが、数千人の人が試され、その悉くが健在であり健在であったという実験ずみのものです。

私は勇気と自信を以て、今こそおすすめします。試みでなく本気でお飲み下さい。ただ一回だけの服用で一生を精一杯生き抜いて下さることをお祈り申し上げます

・・・と書かれている。

本当だろうか???と疑うが、一回だけなら作って飲んでみようか・・・と思う人も多いのでは。

私もそのひとりかも知れない。

 

松江へ(青柳楼の大燈籠)

次男の積算ドライブ時間を増やす目的もあって車で出雲へ行った。

2泊の予定で宿泊先は松江市、出雲大社へは何回か行った事があるが松江の町をじっくり見たのは初めて。

ホテルから歩いて散策することにした。

↓ 城下町らしい土塀のある風景に出くわす。

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そう!ここ松江には日本100名城のひとつ「松江城」がある。

松江市の案内看板に曰く、

松江市は、北には日本海を望む大山隠岐国立公園に指定されている島根半島の山並みを、中央にはラムサール条約に指定された宍道湖・中海、南には中国山地を配して、水と緑の豊かな自然に恵まれ、多種多様な文化遺産や魅力ある観光資源を有する国際都市です。

松江城を囲む森やしっとりとした佇まいの町並みが堀川に映って古都の面影を残し、これら「日本のおもかげ」を求めて多くの文学者が松江を訪れています。

明治時代の松江の町の印象と人々の暮らしを、小泉八雲は多くの文章に書きました。

大正に入って徳富蘆花が訪れ、志賀直哉・芥川龍之介は松江でひと夏を過ごした。

島崎藤村,田畑修一郎,中里恒子,立原正秋,五木寛之など多くの作家たちが松江城天守閣からの眺望の感動や湖畔にある宿から見える宍道湖の穏やかな景色を文章に残している。

横断歩道の向こうに宍道湖が見え、その湖を燈籠が見張っているようだ。

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↓ 歩道を渡ると宍道湖が圧倒的広さで迫って来た。

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↓ 遠くに島が見える、望遠で撮ってみた。島の左端に鳥居も見える。

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 アトで調べたら、この島は「嫁ヶ島」といい、宍道湖に浮かぶ唯一の島とか。

こんなに広い湖なのに島はこれだけ? 驚いた!

全長約150m、幅27mという細長いこの小島は、もちろん無人島。
島には弁財天を祀る竹生島神社があり、可愛らしい鳥居と祠が立つ。

嫁ヶ島という名には、悲しい伝説があるという。
なんでも姑からいじめを受けた若い嫁が、凍りついた宍道湖を歩いて渡る途中、氷が割れて水死。
それを不憫に思った水神が、一夜にして島をつくったのだという。

湖畔から島までの距離は約200mだが、この間の水深は非常に浅く、わずか140cmほど。
そのため、ロープを伝って島へ渡る「歩いて渡る嫁ヶ島」というイベントがあり、毎年開催されているらしい。

↓ 青柳楼の大燈籠

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この石燈籠はもともと明治初期から松江の歓楽地として賑わった白潟天満宮の裏(天神裏)で、代表的な料亭のひとつ「青柳楼」にあった。
当時その辺は宍道湖の波打ち際であり、総来待石・高さ6m余りの大石燈籠は入江の燈台の役割を果たしていたもので松江の名物のひとつと
なっていた。

その後、宍道湖の埋め立てにより取り残されていたが、松江開府350年祭にちなんで昭和33年現在地に移設された。
また、明治維新の時松江藩の危急を救ったといわれる侠女 玄丹お加代が、後に芸妓として勤めていたのが青柳楼の隣にあった鳴玉楼だったことから、この石燈籠は「お加代燈籠」とも呼ばれている。

有機JAS認証

柿の葉茶を製造販売する柿茶本舗有限会社が有機JASの認証を2019年8月23日に取得した。

先代社長からの念願がやっと叶った。

本当にめでたい事である。認証取得に関わった関係各位に深く感謝したい。

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有機認証(有機とオーガニックは同じ意味)とは、生産者が有機の基準(農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないで、自然界の力で生産されたもの)に基づいて生産したものであることを、第三者機関(農林水産大臣の登録を受けた登録認証機関)が証明すること。

柿茶の場合の第三者機関は「NPO法人日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会(JONA)」。

平成11年にJAS法(日本農林規格等に関する法律)に基づき、有機農産物と有機農産物加工食品のJAS企画(有機JAS制度)が創設され、有機認証の統一基準が決められた。

国際基準に合わせて始まったこのシステムは、有機(オーガニック)に対するニーズの高まりから、現在は食品以外の分野にも広がっている。

有機認証されたものは「有機JASマーク」を付けることができ「有機」や「オーガニック」と表示できる。

国産品も輸入品も、すべてが対象で、有機JASマークなしで「有機」や「オーガニック」の表示はできない。

一度取れば未来永劫かというと、とんでもない! 毎年認証機関による検査を受けなければならない。

↓ 有機JASマークは、太陽と雲と植物をイメージしたものだそう。

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このマークのすぐ下に認証機関の名前が表示される。

柿茶の場合は認証機関がNPO法人日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会なので ”JONA” と書かれる。

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このマークをつけた柿の葉茶や粉末茶が市場に出る日も近い。うれしい限りだ。

石垣島へ(竹富島 その2)

次に向かったのは蔵元跡。

”蔵元”とは琉球王国時代の地方政庁の事。

空地があるだけで建造物はない。

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次に集落に向かう。観光パンフレットによると、

集落での見どころは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている「赤瓦の町並み」。

沖縄全体を見渡しても、ここまで伝統的な建物が整然と残っている一帯はなかなか見ることができない。

竹富島の赤瓦の町並みには、住民の人々の故郷への思いが込められている。・・・と締めくくる。

↓ 集落入口

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懐かしいポストがあった、現役なのか?

↓ 一般民家

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↓ サンゴ石灰岩の野面積み壁

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↓ サンゴ石灰岩でできた十二支の神

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右から左へ子・丑・寅・卯・・・と続く。

↓ 私の干支”申”

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↓ 水牛車の乗り場

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水牛が引く車に乗って島内を散策する観光ツアーで約30分の旅らしいが、体験せずじまい。

↓ 水牛車が通るだろう道

舗装されてない道を歩くのは何故か新鮮な感じがした。

↓ 赤瓦の町並み

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↓ なごみの塔(ウキペディアより)

2006年(平成18年)3月27日に国の登録有形文化財に登録されている。

現在老朽化のために閉鎖されており、登り降りはできない

竹富島の玻座間西集落のほぼ中心にある赤山公園の中の高さ約6mの丘に築かれた鉄筋コンクリート構造の塔で、塔自体の高さは4.5m、歩道からの高さは約8.7m

隆起サンゴ礁でできた全体が平坦な島の中で、最も高い場所のひとつであり、重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落の赤瓦の家並みを一望する絶好の場所として観光名所となっている

頂上の展望台までは8段の階段が設けられているが、幅約45cm、奥行き約16cmで、段差が約35cmと高く、斜度が約60度もある急なもので、ひとりずつしか昇り降りすることはできない。また、展望台部分も狭く、成人2人分程度のスペースしかない。

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↓ 見渡せる町並み

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なごみの塔を最後に島のツアーは終了、無事港へ帰って来た。

石垣島へ(竹富島)

石垣島からすぐ近くの竹富島へ行こうと港へ行った。

↓ 石垣島のポートターミナル

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空港を思わせる造り、それもそのはず石垣島は八重山諸島へのアクセス基地。

石垣島へは那覇経由だけでなく本土からの直行便があるのもそのためか?

↓ 石垣島からアクセスできる島々、石垣経由でなければ行けない。
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↓ 石垣港

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各島への物流拠点でもあり港湾施設も充実していて、神戸港と見まごうほどだ。

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↓ 巨大な客船も停泊している

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↓ 竹富島への船

竹富島は石垣島の南西6kmにあって、周囲9.2kmの小さな島。船で15分ほどで行ける。

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↓ 船内

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↓ 竹富島が見えてきた

サンゴが隆起した島で山らしきものはなく平ったい。

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↓ 竹富港

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↓ 案内看板

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案内図の下方で島全体の1/3は立ち入り禁止区画となっている。

後で調べると車海老の養殖場や牧場があるらしく、島民が運営しているそう。

島に上陸し、歩いて観光でも・・・と思ったが暑いし不案内、案内所で聞くと島内巡りの観光バスがあるという。

一番楽でいい!それに乗ることにした。バスには15,6人の客がいた。

まず運転手が連れていってくれたのは「皆治浜(カイジハマ)」、星☆砂のある場所で有名。

星砂は海藻などに付着した有孔虫「ホシズナ」の遺骸が砂浜に打ち上げられた物。

幸運をもたらすとされるが、島民の間では「星砂は海の大蛇に食べられた星の子供の骨が流れ着いた」という悲しい民話がある。

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石垣島へ(玉取埼)

玉取埼は平久保半島の基部・金武岳の東方に位置する岬。

半島の付け根・約200mのくびれた所は「船越(フナクヤー)」と言われ、昔は陸続きではなく船で渡ったと言われている。

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玉取埼の南方には「南の浦(ハイノーラ)」と呼ばれる場所があり、そこではかって木綿花が栽培されていた。

月の夜には白く輝く木綿花が、あたかも白浜のように見えた事から別名「月夜浜」とも呼ばれ民謡「月夜浜節」ができたと言われている。

従いこの民謡は月夜の浜を謡ったのではなく、綿花畑に白いワタが咲いているのが月夜の浜のようにきれいな様子を謡ったもの。

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月夜浜だぎぬ 岸ぬ浦ぬ木綿 木綿の花作てぃ 木綿かしかきら

繰り返し返し 指はつぃき 見あぎりば 筋持つぃぬ 美らさ

読美らさあむぬ 吹かば飛ぶ 手巾しゆてぃ 待ちゅら ヨンナ

女の人が綿花をつむぎ、それで軽くて美しい手ぬぐいを織り、愛する人を待ちましょうという意味。

人頭税時代、石垣島の女の人に科せられた税に「御用布」があったそうで、綿花栽培もきつい仕事だった筈だ。

↓ 展望台

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展望台の完成は平成元年(1989)2月とのこと。

↓ 展望台からの風景

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↓ 岬のすぐ前にある無人島「玉取石島」

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