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コロナ禍の中、マスクが高騰している。
そして薬局では相当前から売り切れていて買えない、何ちゅう世の中になったものか!
ちなみにコロナ前は 安いもので120枚が1,000円くらいと聞く、一枚 8 ~9 円くらい。
それが今 ネットで売っている値段は一枚 50円以上もする。
柿茶の会社で、一袋7枚入り=500円(1枚=71円強)を500袋 まとめ買いするので、欲しい人は手を挙げるように・・・と。
購入の最小単位が500袋らしい。何と25万円!!
手を挙げたのは、今からもう 2カ月も前の事。
その頃からマスクは売り切れていたから・・・。私も20袋を申し込んだ。
そのマスクが届いたのは何と2カ月アトの5月11日、正直もう要らない。今はマスクの供給量も徐々に増えて高額ながらお店でも売っている。
購入したマスクがこれだ ↓ ちょっと高級品?
届いたのは「Maid in Chaina」のマスク。
日本のお店の衣料品はたいてい中国製、だからマスクも当然と言えば当然かも知れない。
しかし日本国内で使われているマスクのほとんどが中国からの輸入品と言うのを初めて知った。
恐るべし中国!
全世界で品薄のマスク、在日中国人が買ったマスクを本国の家族や友人に送っているというニュースもある。
日本人はマスクをすることに抵抗感はないが、西欧ではマスクをしない。
マスクをするのは重症患者だけという。
これは文化の違いとしか言いようがないが、今回のコロナ騒動でマスク着用の考え方は変化すると思っているがどうだろうか?
今回の騒動でもうひとつ驚いた事がある。マスクに加え、体温計も売り切れという事実。
私などもう20年以上も風邪をひいた事がないから体温計なんて持ってない。
水銀の体温計があったのは覚えているが、それを捨ててから購入してなかった事を後悔している。
宇多津の海ほたる近くの海岸沿いに海に突き出たかなり長い堤防がある。
それがこれだ ↓ 堤防なのか? 防波堤なのか?
何のためか良く分からない。堤防と防波堤の違いをネットで調べてみた。
どちらも海からの波を防ぐためのものだが 役割は大きく違う。
堤防は、高波や津波が上陸するのを防ぐのが目的で、そのため海岸線に沿って大規模な壁を作るように設置される。
従い堤防の片側は海、反対側は陸地になっている。
一方 防波堤は港湾や漁港でよく見かけるもので、波浪の浸入を防止することで船舶を穏やかな状態に保つためのもので、そのため堤防と違い、防波堤の両側は海。
上の条件から言えば写真は片方が陸だから堤防?
しかし「海岸線に沿って壁をつくるように」・・・とはなってない。海岸線から垂直に海に伸びている。
だから いくら考えても目的が分からない???? おまけにこの堤防(?)、満潮時には水没する。
干潮時に堤防の先端まで行きたい行きたいと思っていた。
今日やっと挑戦できた。
↓ 最先端
↓ 最先端から陸側を見る
だれかこの堤防(?)の目的を知らないだろうか・・・・。
多度津港から見上げた近くの山に桃陵公園があると知り、一度行ってみたいと思っていた。
そこへは小学生の頃 遠足で行った事を今も覚えている。そこに出征する子供を見送る母の像が立っていたからだ。
「一太郎やあい像」の名前とこの像にまつわる話を先生から聞き、幼心に戦争の悲惨さを教えられたから。
日露戦争当時、軍人を乗せた御用船が今にも港を出ようとした時のエピソードをもとに建立されたと言う。
そのエピソード( 軍国美談と教科書より引用)が悲しい ↓
「ごめんなさい。ごめんなさい。」 と言って、見送人を押し分け 前に出るおばあさんがいました。
年齢は64、5歳くらいで、腰に小さな風呂敷包みを結びつけていました。
御用船を見つけると、「一太郎やあい。その船に乗っているなら、鉄砲をあげろ。」と叫びました。
すると甲板の上で鉄砲を上げた者がいました。
「一太郎やあい~」と、おばあさんは又叫びました。
「うちのことは心配するな。天子様によく御ほうこうするだよ。わかったらもう一度鉄砲を上げろ。」
すると、又鉄砲を上げたのがかすかに見えました。おばあさんは「やれやれ。」と言って、そこに座りました。
今朝から五里の山道をわらじがけで急いで来たのだそうです。郡長をはじめ、見送の人々はみんな泣いたという話です。
その母性愛に満ちた姿を再現して、昭和6年6月21日に建立。
戦時中、すべての金属が強制回収となり、この銅像も供出され、現在のものは、昭和18年10月21日に当町彫刻家の神原象峰(本名 益太郎)がコンクリートで制作、台石、奉公記念碑はもとのまま。
↓ 後ろ姿もまた悲しみに満ちている
像の説明看板に曰く
明治37,38年 日露戦争の際 多くの将校が眼下の多度津港から船に乗り出兵しました。この中に岡田梶太郎(通称 一太郎)がいました。
その母カメは早朝 三豊郡豊田村から我が子・一太郎を見送ろうと駆け付けましたが、船はすでに岸から離れていました。そこで大声で「一太郎やぁい~ わかったら鉄砲をあげろ」と叫びました。
この母性愛にあふれたその声や姿を再現して後世に残そうと昭和6年に銅像がこの場所に建てられましたが、その姿は太平洋戦争中には金属回収で撤去されました。
この像は昭和18年に多度津の彫刻師・神原象峰が元の台石の上にコンクリートで作製したものです。
↓ カメさんが見たであろう港は今は様変わりして造船所が見える風景に
像の後ろに桃陵神社がある。
「桃陵公園」は香川県仲多度郡多度津町市街地の西側にある本台山(多度津山)に位置している県立公園です。
園内は約2千5百本のソメイヨシノが植生する県内でも指折りの桜の名所です。
香川新50景及び香川のみどり百選に選定されています。
毎年4月第1日曜日には「たどつさくらまつり」が開催され、多くの花見客が訪れます。
夜間にはライトアップされ、夜桜を楽しむこともできます。
今は桜も散り、コロナ禍でほとんど人はいなかった。
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