弥谷寺
天霧城址へは弥谷寺を経由して行った。
↓ お寺の駐車場に車をとめて、お寺への「昇運の石段」を上る。
↓ 山門が見えてきた、「剣五山」の表札がある。
第71番札所は「剣五山千手院弥谷寺」が正式名称。
この寺は天平年間に、聖武天皇の勅命による祈願で 行基菩薩が開いたとされ、後に弘法大師が唐から帰国して修行をした際、天から五つの剣が降りて金剛蔵王権現のお告げを聞いたと伝えられ、これが、山号の由来となった。
↓ 大師堂への百八階段
百八には三つの意味があると書いてある。
① 煩悩を落とす・・・古来インドでは108は「無数にある」という意味があった。
② 一年を表す・・・月の数が 12、春分・冬至などの季節指標が 24節気、古代中国の季節方式が 72候で、これらの合計が 108。
③ 四苦八苦を落とす・・・4×9 + 8×9=108
除夜の鐘も一年の四苦八苦を打ち払う意味で108回打つ。
↓ 境内地図
108 段を上りきったところに大師堂があるが、まずは本堂へ参拝するのが筋っていうもの。
本堂と大師堂は隣接または対面近くにある寺が多いが、ここはえらく離れている。
本堂へ行く途中にある多宝塔 ↓
↓ 札所のお寺には必ずある大師像
↓ 磨崖仏
磨崖仏の三尊像は南に面する約 12mの岩壁に彫られており、中央の阿弥陀如来は約 1m,左右の観音勢至両菩薩は約 90cmで、全体に良く整って温和な表情をたたえている。
この像の左右の岩肌には南無阿弥陀仏と陰刻された六文字の名号(六字各号)が九行あり、これに関連して上方にある本堂付近の岩壁には無数の納骨穴が彫られている。
この納骨穴に対する回向のために、下方に阿弥陀三尊像及六字の各号が刻まれたものと思われる。
従いこれらは平安時代から鎌倉時代にかけてのものではないかと言われている一方、大師の作とも言われる。
↓ 本堂
↓ 本堂をお参りしたので次は大師堂へ
大師堂もお参りして帰途へついた。
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