岡山城
昨年の2022年11月3日、岡山城の大改修が終わったというので行ってみた。
岡山城は、旭川の流域にあった3つの丘のひとつ ” 岡山 ” に宇喜多 直家が本拠地を構えた事がはじまり。
その子・秀家が1597年に岡山城を完成させた。築城は豊臣秀吉の指導によるものと言われる。
岡山とよばれる丘の上に本丸を移し、旧河道を利用して旭川の流れを変えて背後の守りとした。
同時に商人や職人を集めて立ち上げた城下町が今の岡山の礎。
慶長5年(1600年)、秀家は関ケ原の戦いで西軍の主力として戦い、敗れて八丈島へ流される。
その後小早川 秀秋、次いで池田家が城主となり明治維新まで続いた。
天守は外壁の下見板が黒塗りだった事から「烏城 」の名で親しまれ、また他に例のない不等辺五角形の天守台を持っ。
1945年の空襲で焼失し1966年に再建された。
お城の中は近代ビルさながら、地下1階より6階まであり、エレベーターが4階まで通じている。
一階にはカフェもありコーヒーを飲みながらくつろぐ。
金鯱瓦 ↓
岡山城には8個の金鯱瓦があり1966年の天守再建の時に取り付けられ、平成9年の築城400年を機に改修し金箔が貼られた。
鯱は顔が虎、姿は魚と言われる想像上の動物で口から水を吹き出し、災いや火を消してくれるという伝説から重要な建物に火除けの守り神として飾られるようになった。漆を接着剤代わりにしている。
↓ 国宝 ” 月見櫓 ”
本来の目的は城外への備えだが、月見をはじめとした四季の眺望を楽しんだり、小宴を催すのにもいい構造となっている。
月見櫓に接する石垣には内側から鉄砲で狙い撃ちするためのすき間がくりぬかれた銃眼石があって、櫓と一体で軍備力をUPさせている。
これと同じものは他に江戸・大阪・二条のお城のみ・・・と帰り際に捕まったガイドボランティアに自慢そうに言われた。
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