母の事 その2
母は実に多才な人だった。
字を書かせても上手かったし、花を活けても師範級だった。
短歌もたくさん作っている。
このブログのカテゴリー「百花詩集」を見て頂きたい。
例えば、
・遠き日に逝かれし母の面影を
臥して想う今日母の日に
・滝壷より流れ出る清き流れに木洩れ日が落ち
きらきらと揺らめく
・4弁の花びらを持つアジサイは
梅雨に生気を放つがに見ゆ
・鉄砲百合甘き匂ひを吾部屋に
満ちて香りにむせぶほどなり
・アジサイと百合とあやめの活けし部屋
梅雨に咲く花いづれもたくまし
下は母の書いた色紙、達筆で読めないので知人に頼んで
何とか解読してもらった。
伊つ乃世の
石仏ならん
風化して
こけむすままに
供花(くげ)乃しおるる
船台は造る
ふねなく
高々とクレーンは
動かぬままに
須(しず)もる
造船挽歌
「須(しず)もる」とは、静かな状態でいることを意味する言葉です。

私が大学2年生の時、父が亡くなり学費の心配をしたが
母が看護師に復帰していたので支えてくれた。
お陰で無事卒業できた。
卒業当時は不況で就職先がなかなか決まらなかったが、
少し景気が上向いて卒業間際に川重から求人があり入社した。
丁度坂出に造船所ができたばかりで、面接で坂出工場勤務をお願いします・・・
と言っていたのに配属先は神戸工場の機械事業部だった。
何だこれ!と思った、いいかげんな会社だなぁ~と。
しかし神戸工場に配属されたおかげで妹や私の川重退職後の人生に大きな
影響を受ける事になる。当時はそんな事を知る由もなかった。
人生とは異なものである。















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